第二十三話 二人分の経費と温かな食卓
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ランベールの思惑に気付いたシャルは思わず溜め息をついた。
「はあ……ランベールさんは難易度の高い依頼をこなせる人間を探していたんですか?」
「んー……まあそれもあるかな。そもそも君の実力を知ってしまったからね!それを無報酬で高難度の依頼を受けてくれるなんてギルドにとっても都合がいいじゃないか!ラヴィ君は贖罪が出来て、経験も積める!両者にとってこんなにメリットのある話はないと思うよ!」
ランベールは両手を広げて満面の笑みで答えた。
(こ、このオッサン……食えない性格してるな。上手くやり込められた感じがしてなんかムカつく)
シャルは顔を引き攣らせながら、条件を飲んだことを後悔しそうになっていた。
「まあ、分かりました。確かに迷惑料を払うと思えばなんてことありません。」
前世で損害賠償や慰謝料が常識的だったシャルにとっては、金額はともかくとして受け入れ難いものではない。
「そうだね!そうだね!ガンビー君達もなんだかんだ多くがDランク以上の冒険者達だから、彼らが怪我で動けないとなると依頼が溜まっちゃうんだよ」
「うっ……」
シャルはサラッと正当な理由を突きつけられて、改めて当然の結果だと思い直す。
「それに飛び級でいきなりCランクの冒険者登録が出来るなんて異例なんだよ!私の知る限り過去に十人くらいしかいない。まあその一人が私なんだけどね!」
ランベールはニコリと笑いながらシャルをジッと見てくるが、シャルはランベールが自分の凄さを褒めて欲しいと暗に言っている気がして、サラリと話を流した。
「ちなみに3ヶ月というのはより具体的にどれくらいの頻度で依頼をこなせばいいのでしょうか?無報酬であれば生活もあるので、別のところでも仕事を探さないといけないのですが……」
「なんだい、もう少し私を褒め讃えてくれてもいいだろうに……」
ランベールはいじけたように呟くと、気持ちを切り替えて続きを話し始めた。
「まあいいだろう。そうだね。さっきは無報酬といったけど、流石に言葉通りのタダ働きというわけではないよ。その冒険者カードを使えば宿屋の割引も効くから、その宿屋をこちらで紹介する。そして、装備を整えたり、食事をしたりする分は記録を取っておいてくれ。それが必要経費かどうかを判断して、問題なければその分を差し引いた金額をギルドの取り分とするよ」
(この世界にも経費精算という概念はあるのか)
「そうしてもらえると助かります」
シャルは生活費はどうにかなる見込みが立ちホッとした。
「それと、依頼の回数だが、おおよそ30回程度と思ってほしい。三日に一回は依頼をこなすことになるね。最初は簡単な依頼をこなして慣れてもらって、徐々に依頼のランクを上げようと考えているんだ。あくまでも目安だけどね」
ランベールの提案は、無理難題を吹っかけてくるものではなく、シャルの立場に立って考えられた良識的なものだった。
極端な話、迷惑料は一ヶ月で支払っても良いし、半年かかってもいい。
三ヶ月の期間と三十回の依頼回数は、シャルが無理せず依頼をこなせるように設定したランベールなりの気遣いだったのだ。
「Cランクの依頼であれば、報酬金額も高くなるし、ギルドへの迷惑料とガンビー君達の医療費を含めて補填できるからね」
シャルはランベールを食えない人物とは思いながらも、なんだかんだ信頼できる人物だとも思った。
「もちろんガンビー君達も自業自得な部分はあるから、最低限の補填だけどね。それでも一応大事な当ギルドの冒険者だから、ある程度は助けてあげないと」
「そうですか。ランベールさんは冒険者に対して優しいんですね。普通冒険者ギルドはここまでやってくれるものなんですか?」
シャルの勝手なイメージだが、この世界では労働組合や従業員を助ける制度のようなものは無いように感じていた。
ましてや冒険者は個人事業主みたいなものだ。
ここまで面倒を見てくれるものなのか疑問だった。
「いや、普通はやらないね。冒険者同士のいざこざなんてギルド側からすれば出来れば関与したくないし、補填なんてギルドの損失になるだけだろう?でも今回はラヴィ君を冒険者に勧誘したかったから特別さ。こうやって、ギルドマスターは冒険者に対して色々やってくれる!って思って貰えた方が、信頼度も上がって、多少の無理難題も引き受けてくれるようになるかもしれないだろう?それにガンビー君達も私に恩を感じるはずだ。私なりの人を動かす知恵さ」
ランベールは腕を組みながら、うんうんと頷き、自己陶酔に浸っているようだったが、ここまで明け透けに話すのも何か意図があってのことなのかもしれない。
「そういうことはあまり言わない方が……」
まるで罠に引っかかったかのように、セシリアが呆れた表情をしながら小声で呟く。
「セシリア、ランベールさんはこうやって俺たちを言葉巧みに誘導しようとするから、あまり真に受けない方がいいですよ」
「え!?今私たち誘導されてたんですか!?」
(セシリアは純粋過ぎるな。ランベールさんと何か話す時は一緒について行ってあげた方がよさそうだ)
「ラヴィ君……君は私をなんだと思っているんだい?今日初めて会ったばかりだというのに」
ランベールは少し不貞腐れたような顔をしてシャルを睨んだが、シャルは気にせず話を戻した。
「それで、依頼を受けるにはどうすればいいのでしょうか?」
ランベールはジトっとした目でシャルを見ながら、何の反応も返さないシャルに観念して、居住まいを正し続きを話し始めた。
「依頼はこちらで用意するから、明日の朝、またギルドの受付で声をかけてくれ。ラヴィ君の名前を出すと、君専用の依頼を受けられるように手配しておく。それと……セシリアさんはどうする?」
「あ、あの、それはどういうことでしょうか?」
急に話を振られたセシリアは何を聞かれているか理解していないようだ。
「いや、今までの君に対するギルドや冒険者達の扱いを見ていると、どうもラヴィ君と一緒に依頼をこなしていった方がいいと思うんだ。それにさっき私も手伝うって言っていたし」
「そ、それは……」
俯いてしまったセシリアの気持ちを察したシャルはセシリアに声をかけた。
「もしよければ手伝ってもらえませんか?無報酬にはなっちゃうけど……」
「い、いいんですか?」
セシリアは上目遣いでシャルの顔色を伺った。
「その代わり……ランベールさん、彼女の経費も依頼料から差し引くことは出来るでしょうか?」
「君も抜かりないね……いいだろう。その分依頼の回数は増えると思うがいいかな?」
「それは勿論です」
「え?あ?あ、ありがとうございます!」
セシリアは無報酬でありながらも、自身の境遇が改善され、シャルと一緒にパーティを組める事実に、思わず裏返った声で返事をした。
「じゃあこれでこの件は一通り話し終わったかな」
ランベールは前に乗り出していた体を引くと、ソファに深く座り、紅茶を一口飲んで力を抜いた。
一呼吸置くと、落ち着きを取り戻したセシリアが、今まで疑問に思っていたことを口にした。
「そういえば、ギルドマスターはどうして私たちが不当な扱いを受けていると知っていたんですか?まるで見ていたような言い方ですけど……。事情を詳しく聞くためにここに呼んだんですよね?」
シャルもそこは疑問に思っていた。
特に説明をしていないのに、こちらの肩を持つような内容で話が進んでいたからだ。
「それはね、実際に見ていたんだよ。話は遡るが、私がここのギルドマスターに着任した初日に、ドワーフの少年が周りから白い目で見られている場面を目撃したんだ。対応した受付嬢はあからさまな態度を取らなかったんだが、目つきが気になってね。それで色んな職員や冒険者を影から見ていたんだよ」
「そうだったんですか」
「だから職員には私がギルドマスターだと周りに知られないように緘口令をしいて、あまり表に出ないようにしていたのさ。まあ一ヶ月間、ギルドの内部調査みたいなことをしていたわけだ。でもいい加減仕事が捌ききれなくなってきてね。そろそろ切り上げようかと思っていた矢先に、君たちがギルドに来たところを目撃したってわけさ。その間にセシリアさんに対する周りの態度も見ていた。ドワーフの少年同様そこまであからさまな態度を取られていなかったから見過ごしていたんだが、申し訳ないことをしたね」
「……そうだったんですね」
セシリアは少し悲しそうな表情で俯いて、両手の拳を強く握りしめた。
もしかしたら今までのことを思い出してしまったのかもしれない。
そこまで見ていたのなら手を差し伸べてあげれば良かったのにとも思うが、それが出来なかった事情もあるだろうし、ランベールを責めることは一概には出来ない。
そもそも差別という文化があること自体が問題なのだ。
ランベールが悪いわけではない。
「でもおかげでラヴィさんとギルドマスターにお会いすることが出来ました!」
セシリアもそれを理解しているのか、顔を上げ元気に答えた。
ランベールがフッと小さな笑みを浮かべながらも、どこか覚悟のある目付きに変わっていることをシャルは見逃さなかった。
「さて、他に聞きたいことがなければセシリアさんの本登録を済ませて今日は終わりにしよう」
―――その後セシリアの本登録が終わると、ランベールから宿屋の紹介状を渡され、冒険者ギルドを後にした。
◾️◾️◾️◾️◾️
流石に昼過ぎにもなると割のいい依頼は残っていないため、外に出ることにする。
外に出ると緊張が解けたのか、急にお腹が鳴った。
「そういえば朝食を食べる予定だったんですよね。すっかり忘れていましたけど食べにいきましょうか?もう昼ですけど」
「はい!そうしましょう!」
ある程度の問題が解決したことと、冒険者の本登録を済ませることが出来たセシリアはどこか上機嫌だ。
「こっちに美味しい定食屋さんがあるんです!」
―――――
二人はセシリアがたまに通っているという定食屋に足を運び、ドアを開けて中に入ると、鼻腔をくすぐる香ばしい香りが漂ってくる。
ちょうど昼過ぎということもあって、すぐに席に座ることが出来た。
「ここの定食屋さんは野菜炒めが絶品なんです!」
「じゃあ俺はそれにしようかな」
「分かりました!すいませーん!野菜炒め二つお願いします!」
セシリアは元気な声で注文すると、尻尾がフリフリと左右に動く。
「随分機嫌が良さそうですけど、獣人は尻尾も動かせるんですね」
「あ、いや、その……」
セシリアは急に恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あ、ごめんなさい。もしかして聞いちゃいけないことでしたか?」
シャルは女性に対して聞いてはいけないことだと思い、すぐに謝罪する。
「そ、そういうわけではないんですが、獣人は感情が尻尾に出る場合が多いんです……だからちょっと恥ずかしくて……」
「あ、ああ、そうでしたか。恥ずかしがらせてしまってすいません」
シャルも気恥ずかしくなってしまい思わず下を向いてしまった。
二人で俯いていると、空気を変えようとしたセシリアが提案をしてくる。
「そ、そういえば、私たちは明日から同じパーティを組む仲間になったんですから、敬語はやめませんか!?」
シャルはいきなりの提案に面食らってしまったが、すぐに笑顔で快諾した。
「そうですね。俺もなんだか堅苦しいとは思っていたんです。名前だけ呼び捨てなのに、なんかおかしいですよね」
「ほら!まだ敬語を使ってる!使わなくていいの!」
シャルはポカンとした表情で一瞬固まったが、敬語で話していたことを理解し、頭を掻いた。
「ハハハ!確かに!ついね」
そんなたわいもない話をしていると、奥から野菜炒めが運ばれてきた。
野菜がしんなりとして、油が絡まった肉は食欲をそそる。
本当は米が欲しいところだが、一緒に運ばれてきたのは少し硬めのパンだった。
「このパンに野菜炒めを挟んで食べるのが美味しいの!」
シャルはこの時間に幸せを感じていた。
前世では同世代とこうして食事をしたり、普通の会話をした経験がほとんどなかったからだ。
学生時代は友達もいなかったし、社会人になってからは会食やお付き合いはあるものの、気を許す相手がいなかった。
周りを見返してやろうと毎日必死に生きてきた佐藤太陽にも、ずっとこの世界の理不尽に耐え続けてきたシャルにも、友達と過ごす時間というのは新鮮で温かいものだった。
次回は11月8日(日)19:00の更新です!
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