第二十話 柔の剣筋と覚醒の予兆
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冒険者ギルドの地下には訓練場が設置されており、基本的には誰でも使用することが出来る。
この訓練場はバスケットボールコートが丸々ひとつ収まる大きさで、主に戦闘訓練やパーティの連携を確認したりする時に使われるのだが、今回は朝ということもあり、誰も訓練場を使用してはいなかった。
壁際には木剣がズラリと並べられており、ランベールはそのうちの一本をシャルに投げて寄越した。
「手合わせのルールだが、基本的になんでもありだ。本気でかかってくるといい」
「あ、あの、なんでもありというのは?」
「ん?殺す気でかかって来いってことさ」
「それは危険なんじゃ……?」
「ハハハ!そんな心配しなくて大丈夫だよ!私はこう見えて強いからね」
ランベールはさも遊び感覚のように言うが、シャルは不安で仕方なかった。
いくら木剣とはいえ、当たると痛いし、まともに入れば打撲どころでは済まないだろう。
ランベールの実力は相当なものだと推察することは出来るが、実際の戦いを見たことがないため、傷つけてしまうのではないかという恐怖が頭をよぎる。
セシリアは訓練場の隅で不安そうにシャルを見つめながらある噂を思い出していた。
(新しいギルドマスターが赴任してきて一ヶ月だけど、物凄く強いって色んな冒険者が噂してた。元々凄腕の冒険者らしいけどラヴィ大丈夫かな……?)
ランベールがこのパッフル支部に異動してきたのは約一ヶ月前だ。
前任のギルドマスターが年齢による引退が決まり、その後釜としてやって来たのだが、この一ヶ月間、殆どの冒険者がランベールを見たことがなく、噂だけが一人歩きしていた。
―――シャルとランベールは訓練場の中心に移動し、木剣を構えた。
「さあラヴィ君、まずは先手を譲ってあげよう。打ち込んでくるといい」
「……分かりました」
シャルはあまり乗り気になれなかったが、ここまで来て引き下がることも出来ないため、深呼吸して気持ちを切り替える。
「では……いきます」
シャルは地面を蹴り上げ、一気にランベールに迫った。
まずは様子見といった感じで上段の打ち下ろしを八割程度の力で繰り出す。
――――カァァン!
ランベールはニコニコとしたまま、片腕でシャルの剣を受け止めていた。
「ラヴィ君……殺す気で来て欲しいんだけどな。そうじゃないと君の実力を知ることが出来ないじゃないか」
「そ、それは分かっていッッ!?」
シャルが答えようとした瞬間、ランベールからとてつもない威圧が放たれ、咄嗟に後方に飛び距離を取った。
(な、なんだこれ!?この威圧感……まるで師匠クラスじゃないか!?)
シャルはその威圧感に当てられて背筋に冷や汗を流した。
殺気はないのだが、殺されると思ってしまったのだ。
そして同時に一瞬負けの二文字が頭をよぎる。
シャルが気を引き締め直して再度木剣を構えようとした瞬間―――
―――ブワッ!!
ランベールが低い姿勢から一気に間合いを詰め、下から斬り上げてきた。
シャルは瞬時にブーストを発動し、紙一重で避けることに成功するが、剣先が首元を掠める。
(くっ……なんだこの人の剣は!?体に剣が隠れてギリギリまで軌道が読めない!ブースト使ってなかったら首に入ってたぞ!?)
「ハハハ!流石に避けられるか。それにちゃんと使えるじゃない……ブースト」
「…………」
シャルはランベールの実力を肌で感じ、疲れてもいないのに呼吸が早くなる。
自分でも焦っているのが分かり、得体の知れない恐怖に体から汗が吹き出した。
「さて、それじゃあ私も少しだけブーストを使わせてもらおうかな」
(はっ!?あのスピードでまだブーストを使ってなかったのか!?)
シャルは思わず目を見開いてしまう。
シャルは強者の剣筋をアルフォード以外に見たことがない。
良くも悪くもアルフォードの剣筋に慣れてしまっていて、初めて見る他の剣術の動きに戸惑ってしまったのだ。
「ん?随分驚いているようだが、別に大した速さじゃないと思うけどな?ラヴィ君の実力なら躱せないない方が不思議に思うくらいだよ」
シャルは未知の剣筋にどう対処するべきか迷い、同時に焦りも増していく。
まだ二合しか打ち合っていないが、そのたった二合でランベールの実力がなんとなく理解出来てしまったからだ。
シャルは剣を握り直し大きく深呼吸をする。
(落ち着け!落ち着け!これは殺し合いじゃない。大丈夫。冷静になれ。師匠との修行を思い出せ)
シャルは呼吸を整えると、一度肩を上げ、力を込めてから一気に脱力した。
「さて、少し心は落ち着いたかな?改めてこちらからいくよ」
「はい。よろしくお願いします」
二人は魔力を練り上げ、お互いにブーストを掛けた。
―――ドンッ!!
ランベールは一足飛びでシャルとの間合いを詰め、先程と同じように低い姿勢からの斬り上げを放って来た。
(あれ?さっきよりもよく見える?ブーストを掛けたからか?)
斬り上げを躱されたランベールは、剣の勢いに、さらに回転を加え後ろ回し蹴りで足払いをかけてきた。
予想外の動きにシャルは避けきれず、綺麗に足を払われ転んでしまうと、上から突き立てられるように木剣が迫って来る。
(ダメだ!避けきれない!……って、痛くない?)
シャルは避けきれないと理解した瞬間思わず目を瞑ってしまったが、痛みがやってこないためゆっくり目を開けると、眼前には木剣の剣先がピタリと止められていた。
「ラヴィ君……もう一度だ」
相変わらずニコニコ笑っているランベールだが、声には圧が有り、有無を言わせぬ迫力があった。
「は、はい」
シャルは改めて剣を構え、ランベールの動きをしっかり見定めようと集中する。
そして、トリッキーな動きに振り回されないように、薄っすらと踵を上げ、瞬時に動けるように体勢を整えた。
―――ドンッッ!!
先ほどよりも力強い踏み込みで、ランベールの立っていた地面は大きく砂埃を巻き上げた。
そしてランベールは三度低い姿勢で間合いを詰め、下から斬り上げる。
ヒュンッーーー
(あれ?また同じ?どういう意図で……)
剣の軌道は相変わらず体に隠れて見えないが、なんとなく予測が出来た。
ランベールの速度は上がっているはずなのに、今度は余裕を持って躱せる。
(ということは次は足払いか?)
すぐに足払いがきたため、冷静にジャンプして躱す。
ランベールはそれを読んでいたのか、脇の隙間から剣を突き出して来た。
(そこから剣を突き出してくるのか!?そんなの見えるわけ……!!)
空中では逃げる場所がない。
シャルは咄嗟に剣を体の前に差し出して受け止めようとするが、間に合わず腹のど真ん中を突かれた。
―――ガツッ!!
最後は力を抜いてくれたおかげで痛みはそこまでではないが、一瞬呼吸が出来なくなった。
「ゲホっ、ゲホっ!!」
シャルは片膝を着いて呼吸を整えながら、もうこの手合わせが終わって欲しいと思っていた。
ランベールの実力は疑いようもなく、もしかするとアルフォードより強いかもしれないとも感じる。
修行中は強くなりたい一心で、何度もアルフォードに立ち向かっていったが、敵意のない相手に勝ちたいとは思わないし、そもそも立ち合いを望んでいたわけではないのだ。
(もうこの人には勝てないって分かったから早く終わってくれよ……)
シャルは内心で弱音を吐きながらも、立ち合いを終わらせてくれないランベールに辟易し始めていた。
シャルは強者に何度も立ち向かっていく程戦闘狂ではない。
この世界の理不尽に対抗するため必死に強くなったが、今は命が懸かっている場面でも、誰かを助けなければいけない場面でもないのだ。
つまり闘う意味が分からない。
とは言っても、この状況から抜け出すことも不可能と悟ったシャルは、改めて深く呼吸をして剣を構え直す。
「ラヴィ君、もう一度さっきのように威圧を放った方がやる気が出るかな?」
「あ、いや………」
「ラヴィ君。君は対人戦に慣れていないね?」
「そんなことはないと思いますけど……」
(対人戦は好きじゃないけど慣れていないことはないはずだ。だって師匠と毎日あんなに戦闘訓練をやってきたんだから)
ランベールは小さく溜め息をついて、構えた剣を下ろした。
「君は分かっていないようだ」
「何を……でしょうか?」
「君は私に勝てないと思ったね?」
シャルはギクリとした。
図星を突かれたからだ。
でもそれはランベールが自分よりも明らかに強いのだから仕方がない。
「確かに勝てないと思いました。で、でも、明らかにランベールさんの方が俺よりも強いからそれは当然のことではないでしょうか?」
「それは違うな」
「それはどういうことですか?」
シャルはちょっとムッとして質問し返した。
「君と私の実力差は大したことないと思うよ」
「そ、そんなはずはありません!俺はあなたに手も足も出なかった」
「本当にそうかい?」
シャルは空中を見上げて思い返してみる。
(確かに考えてみれば不思議だ。一回目では全く手に負えないと思ったけど、二回目、三回目は多少の予測が出来た)
「確かに二回目と三回目の初撃は対処出来ました。でもそれはランベールさんが同じ攻撃を仕掛けてくれたからです」
ランベールはまた溜め息をつき、諭すように話し始めた。
「そう。そこなんだよ。通常実力の差がハッキリしていれば、いくら同じ動きでも対処なんて出来ないんだ。でも君は見事に対処してみせた。これがどういうことか分かるかな?」
「それは……」
「ラヴィ君。君は私が威圧した時、それを肌で感じて自分は勝てないと思い込んでしまった。その思い込みが勝ちを遠ざけたんだよ。そして、恐らく君は同じ人としか手合わせをしてこなかったのだろう。だから慣れていない戦い方に勝ち筋を見つけることが出来なかったんだ。でも一度見てしまえば、君くらいの実力なら対処が出来る。基礎はしっかり出来ているみたいだからね」
「つまり俺は経験不足っていうことですか?」
「まあそういうことになるね。それだけの技量を身につけているんだ。相当な鍛錬をしてきたんだろう。でも実力が拮抗している時は経験が物を言うのさ」
(なるほど。確かに何回か攻撃を受けてみて、どう動けばいいかイメージでき始めていた。ランベールさんの体捌きは独特で師匠とは違った動きをするから勝てないと思っていたけど、こういう攻撃もあると分かれば、ある程度対処出来るのかもしれない)
アルフォードの剣を剛と例えるなら、ランベールの剣は正に柔。
力を速さに変換させるアルフォードとは違い、速さを力に変換させて戦うのがランベールだ。
速さを殺さず、しなやかな体の動きでさらに速さを加速させ力を上乗せする。
シャルやアルフォードとは体の動かし方や剣の扱い方が全然違い、見たこともない技術に勝手に自分よりも実力が上だと考えてしまっていた。
(純粋な力自体は師匠の方がランベールさんより上だ。要は、予測と間合いの作り方次第で俺にもどうにか出来るのか?)
シャルはゆっくりと瞼を開くと、先ほどまでの迷いと焦燥は、その瞳の奥から完全に消え去っていた。
「……ランベールさん」
「ん?」
「もう一度、お願いします」
シャルは小さな声で、しかし力強く、改めて手合わせを願い出た。
木剣の切先を真っ直ぐに突き出すシャルの体からは、これまでとは質の違う、研ぎ澄まされた魔力が静かに立ち昇り始める。
その気迫の乗ったシャルの立ち姿に、ランベールは思わず口元を緩ませた。
「いいね。ようやく殺す気でやる気になったかい?」
次回は11月2日(月)19:00の更新です!
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