第十九話 静まり返るギルドと誠意
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シャルが昨日の後悔を滲ませながら冒険者ギルドに向かうと、入り口でセシリアが待っていた。
「あ、ラヴィ、お、おはようございます」
「お、おはようございます」
挨拶したのはいいのだが、まさかセシリアが待っているとは思わず、その先の言葉が出てこなかった。
(ど、どうしよう……なんて切り出せばいいんだ?……まずは今すぐに謝るべきか?)
セシリアはシャルを心配して待っていたのだが、その後の言葉が続かない。
少しばかりの沈黙が訪れるが、程なくしてシャルは口を開いた。
「昨日はすいませんでした。セシリアが殴られたのを見てついキレてしまって……自分でも訳が分からないくらい頭に血が上ってしまったんです。それに怖がらせてしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ!昨日のことは気にしてませんから!全っ然大丈夫です!ラヴィは私のために怒ってくれたんですから!ちょっとやり過ぎた感はありますけど……それよりもラヴィのことが心配だったので……」
シャルが深々と頭を下げると、セシリアは慌てて手を振りながら笑顔で答えてくれたが、セシリアの目の下に酷いクマが出来ていることに気付いた。
(そっか。あんなに怖がらせたのに心配してくれていたのか。なんか申し訳ないことしたな……昨日もまともに眠れていないようだし……)
「その……昨日は眠れなかったんじゃないですか?」
「え!?そ、そんなことないですよ!ぐっすり爆睡でした!」
「そうですか。それならいいんですが……」
「それよりもほら!昨日冒険者登録出来なかったんですから、今日こそは登録しましょう!」
どう見ても寝不足の顔だったのだが、シャルは気を使わせていることに罪悪感を覚え、それ以上は聞かないことにした。
「あの……別に冒険者登録まで付き合って貰わなくても大丈夫ですよ?もともとは道案内して欲しかっただけですし、それに俺とこれ以上関わるとセシリアにも何か影響が出るかもしれないですから」
「そんなこと言わないで下さい!私はラヴィに助けられたし、せっかくのご縁です!せめて冒険者登録まではちゃんと案内しますよ」
「……そうですか。ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。」
シャルはセシリアの案内を断ろうと思ったが、もう少しだけ様子を見る事にした。
ガンビー達の発言から、セシリアも確実に差別を受けていることが分かり、せめてもう少し状況を把握して、何か出来る事があるならしてあげたいと思ったからだ。
シャルなりの感謝と罪滅ぼしである。
「それと、冒険者登録の前にギルド側にも謝罪をしに行きたいんです。その謝罪を受け入れてもらえないと俺は冒険者登録をするつもりはありません」
「そうですか……責任者の方に会えるといいんですけど……でも誰に話をすればいいんでしょう?とりあえず受付の方に聞いてみましょうか?」
「そうですね。とりあえず中に入りましょう」
二人は緊張した面持ちでギルドの重い扉を開けると、朝ということもあり結構な人数の冒険者達が集まっていた。
冒険者は比較的朝が早い。
その理由はギルドの依頼システムによるものだ。
冒険者ギルドは依頼を受けると、その日の内に担当責任者によってランク判別され、翌日の朝には依頼の掲示がされる仕組みになっている。
緊急性の高い依頼はこの限りではないのだが、基本的に掲示された依頼は早い者勝ちになるため、割りの良い依頼を受けるために、冒険者達は朝早くギルドに来て待機しているのだ。
シャル達は丁度冒険者達が依頼を吟味している時間帯にやって来ていた。
「凄い人ですね」
「この時間帯はいつもこんな感じです。ちょうど依頼が張り出される時間帯ですから」
「カウンターも混み合っているみたいですし、少し落ち着くまで朝食でも食べませんか?昨日の夜から何も食べていなかったのでお腹空いちゃって……それにちょっと緊張してきちゃって。心を落ち着けてから謝罪に向かいたいんです」
「わかりました。私も朝食はまだだったので丁度いいです。でもここの食堂で待つのは気まずいですよね?ハハハ……」
「……そうですね……まずはここから出て近くのお店にでも行きましょう」
シャルとセシリアはカウンターが少し落ち着くまで時間を潰そうと、外に出ようとした。
ギルド内で待つのも居心地が悪いし、いざ謝罪をすると考え始めたら急に緊張してきてしまったからだ。
居た堪れない気持ちがどんどん膨れ上がり、さっさと外に出たいと踵を返そうとした瞬間、昨日の惨劇を知る職員や冒険者達がシャルに気付いた。
まずいと思ったのも束の間、まるでドミノ倒しのように一気に静寂が波紋状に広がっていく。
昨日シャルに対応した受付嬢と目が合うと、小さく悲鳴をあげて顔を引き攣らせていた。
「あれ?なんか……静かになっちゃいましたね……ハハッ」
セシリアはどう反応していいか分からずに、おどけたように笑った。
「昨日あんなことをしでかしたんです。こうなってもしょうがないですよ」
シャルは内心でため息を吐きながら、セシリアを外へと促す。
シャルが扉の取手に手をかけ開けようとした時、急に後ろから声を掛けられた。
「昨日ここで暴れたのは君だね?」
シャルは声を掛けられた瞬間、振り向き様、咄嗟に剣の柄を握ってしまったが、普通に声を掛けられただけだと気付き、すぐに腕を引っ込めた。
(焦った……なんだこの男は!?気配を全く感じなかった)
「おっと!物騒だな!昨日みたいに無抵抗の人間に暴力を振るうのはやめてくれよ?」
「す、すみません。全然気配を感じなかったもので驚いてしまいまして……」
「まあいいさ!それよりも君に話があるんだが、ちょっとついて来てくれるかい?ちなみに、セシリアさん?だったよね?君も一緒に来てもらえると助かるんだが……」
声を掛けて来た男は柔和な表情をしていたが、目の奥は鋭く光っていて、只者ではない雰囲気を醸し出している。
「あ、あの、初めましてだと思うのですが、どちら様でしょうか?もしかしてギルドの責任者の方……?」
どうやらセシリアも知らない人物らしい。
「ご挨拶が遅れたね。私はここのギルドマスターのランベールだよ」
「ギ、ギルドマスター!?」
セシリアはギルドマスターと聞いて、狼狽えてしまった。
「それで、ついて来てくれるかな?昨日の話を詳しく聞きたいんだ。セシリアさんはどうだい?」
昨日しでかしてしまったことのケジメは付けなければならないし、そもそも謝罪に来たのだ。
シャルに断るという選択肢はなかった。
「分かりました。セシリアはどうしますか?無理についてくる必要はなさそうだけど……」
「わ、分かりました。私もご一緒します」
「よろしい。では奥の部屋へ行こうか」
ランベールは踵を返すと、軽い足取りで奥の部屋へと進んでいく。
普通に歩いているように見えるのだが、体幹がしっかりしており、荷重移動もスムーズで、見る人が見れば一目で並の実力者ではないことが分かる。
ーーーーー
ランベールは一番奥にある部屋の扉を開けた。
観音開きの重厚な扉で、扉の上にはマスター室とプレートが貼ってあった。
「それではそこのソファに掛けてくれ」
シャルとセシリアは緊張した面持ちでゆっくりソファに腰を沈めると、続いてランベールが対面にある一人掛けのソファに腰を下ろし、改めて口を開いた。
「さて、それでは改めまして、私がギルドマスターのランベールだ。君がラヴィ君で、君がセシリアさんだね?」
「はい。そうです。昨日は大変申し訳御座いませんでした」
シャルは自己紹介をする間も無く立ち上がり、深々と頭を下げると、セシリアも慌てて立ち上がり一緒に頭を下げた。
「ハハハ!殊勝なことだね!自分がやらかしたことをしっかり弁えているみたいだ。詳しく話を聞こうと思ったんだけど必要なかったかな?」
「はい。無抵抗の人間に暴力を振るい大怪我をさせました。許されることではありません。まずは謝罪をしたく朝から伺いました」
セシリアはシャルの素直に謝罪する姿勢を横目に見ながら、唇を噛み締める。
自分のせいでシャルに謝罪させてしまったと思うと、罪悪感が湧き上がってくるのだ。
「あ、あの!ラヴィは私を助けようとしてくれただけなんです!確かに暴力は良くなかったかもしれませんが、もともとあっちから手を出して来たんです!それで……ラヴィが……やり返してくれて………」
必死に言い訳をしようとしたのだが、ラヴィにも非があることは明らかだと思い出したセシリアの口調は、どんどん尻すぼみになっていく。
ランベールは頭を下げ続ける二人を見ながら、ため息を吐いて口を開いた。
「……分かった。二人の謝罪を受け入れよう。しかし、これはあくまでギルドに対しての謝罪だ。ガンビー達には改めて謝罪に行くことだね」
「わかりました」
謝罪を受け入れて貰えた事にシャルは安堵し、ようやく頭を上げるともう一度ソファに座るように促された。
「あ、あの、処罰などはあるのでしょうか?冒険者同士の争いは規則で禁じられていますし……そ、その、ラヴィは冒険者登録が出来るのでしょうか?」
セシリアはシャルが冒険者登録を出来ないのではないかと心配していた。
自分が原因で冒険者になれなかったらどうしようと一晩中考えていたからだ。
(セシリアはそんなことを心配していたのか!?昨日初めて会ったばっかりだっていうのにどんだけのお人好しだよ……)
「ふむ。そのことについてなのだが、そもそもの話ラヴィ君はギルド規則には抵触していない」
「それは俺がまだ冒険者登録をしていないからでしょうか?」
「その通りだ。そのためギルド側としては処罰のしようがないんだよ」
「よかった」
セシリアはホッと息を吐き、ようやく少しだけ緊張感が抜けると、ソファの背もたれに体を預けた。
「しかし、暴行事件には変わりない」
「ッ!?」
セシリアは安心から脱力させていた体を改めて引き上げ、背筋を伸ばすと、先ほどよりも緊張感のある面持ちで話の続きを待つ。
シャルは淡々とした表情でランベールの目を見つめると、ランベールは降参したかのようにフッと笑い表情を崩した。
「いい目だ。……なあラヴィ君、ちょっと私と手合わせをしないか?」
「手合わせ……ですか?」
「ちょっと君の実力を見てみたい。相当な実力者なんだろう?」
「あ、あの、処罰の話は?」
「それは手合わせが終わってからということで。早速地下の訓練場に行こう」
「あ、ちょっと待ってください!」
シャルとセシリアはそそくさと部屋を出ていくランベールを急いで追いかける。
シャルはランベールの底知れない実力を感じながら、見えてこない意図に不安を募らせていった。
次回は11月1日(日)19:00の更新です!
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