第十八話 外れたリミッターと押し寄せる後悔
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シャルは怒りを抑え込むことを放棄した。
(俺が一体何をした?何をしたっていうんだ……)
前世の記憶、故郷の蹂躙、強制的な奴隷生活、理由もなくシャル自身が傷つけられてきたことを一気に思い出してしまった。
アルフォードとの修行で自分の心の奥底に眠っている感情に気付き、その時は受け入れることが出来たと思ったが、まだ完全に昇華することは出来ていなかったらしい。
「もう一度聞くぞ?俺とセシリアがお前達に何をした?」
冒険者達はごくりと唾を飲み込む。
逃げたくてもシャルの殺気に当てられ身動きが取れない。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ!てめえらは存在するだけで罪な亜人なんだよ!エルフも獣人も、俺たち人間の前で普通の生活を送っている事自体がおかしいんだ!冒険者登録出来るだけでもありがたいと思え!」
ガンビーはシャルの殺気に飲み込まれそうになりながらも必死に声をあげた。
―――その時
「うおおおぉぉぉぉ!!」
その場の空気に耐えられなかった冒険者の男がシャルに殴りかかってくる。
シャルは右足を引いて難なく躱すと、男は突っ込んできた勢いのまま盛大に転んでしまった。
「やれ!やっちまえ!」
それを見た他の冒険者も、まるで堰が切れたかのようにシャルへと襲いかかってくるが、シャルには攻撃がかすりもしない。
(あぁ、動きが遅い……。まるで止まって見える)
心臓の鼓動が激しく波打つ。
―――ドクン!ドクン!と、次第に大きくなっていき、耳元で警鐘音のように鳴り響いている。
同時に周りの怒声や物音が遠のき、ぼやけて聞こえるようになっていった。
「お、おい、あいつの動き、素人じゃないよな……?」
「めちゃくちゃ強えじゃねえか……」
シャルの強さを目の当たりにした冒険者達は、自分が敵わないことを察知すると後退りし始める。
「……おい。何をビビっているんだ?お前達は俺に喧嘩を売ってきたんだろう?自分より弱いと思っていた奴が強かったと分かった途端逃げ出すのか?」
(ああ、俺はキレるとこんな言葉が出るのか)
シャルは怒りを抑えられず、我を忘れそうになりながらも、一方でどこか冷静な目で自分を見ていた。
「ひぃっ!!お、俺は何もしてないからな!俺は悪くねえ!」
一人がそう言い出すと、他の者も言い訳をしながら必死に出口の扉に向かう。
だが、扉の前には一瞬で移動したシャルが立ち塞がる。
「待て。無事には帰さないと言ったはずだ。お前達は女の子一人が手を挙げられた時も笑って見ていた。誰も止めようとせず、誰も咎めることをしなかった!お前達は全員同罪なんだよ!」
シャルは目を見開きながら怒声を上げると、魔力が一気に膨れ上がった。
―――ブワッ!!
足元からまるで炎が巻き上がるように魔力が体を包み込む。
通常ここまで魔力は可視化されないのだが、まるでシャルの感情を表しているかのようにハッキリと形作った。
刹那、シャルは冒険者の顔面に拳を叩き込む。
――――ドンッッッッ!!
「ぶへぇぇっ!」
冒険者は吹っ飛び、壁に叩きつけられて気を失った。
呆然としていたガンビーが口を開く。
「お、お前ら!武器を取れ!こいつを殺すぞ!」
さすがにここまでの諍いに発展するとは思っていなかったのか、受付嬢が必死にガンビーを止めようとした。
「ガンビーさん!いくらなんでもやり過ぎです!冒険者同士の戦闘はギルド規則で禁じられています!これ以上はガンビーさんも処罰の対象になります!」
「う、うるせえ!舐められたままで終われるか!うらぁぁぁ!」
ガンビーが静止を振り切って剣で襲いかかると、それに続けと他の冒険者も各々武器を持ってシャルに突進してくる。
シャルはガンビーの横薙をしゃがんで躱すと、すかさず腹に拳をめり込ませた。
「ぐほっ!!」
ガンビーの巨体が軽く宙に浮いた。
綺麗にみぞおちに入り、呼吸が出来なくなっているようだが、シャルはすぐさま剣を叩き落とし、拳を容赦なく顔面に放つ。
―――ドガッッッッッ!!
ガンビーが吹き飛ばされると、後ろにいた冒険者達も巻き込まれ盛大に倒れていった。
「何が罪だ……何が亜人だ……大した実力もないくせに、集団になるとまるで自分には力があると勘違いして人を見下す!許しを乞われても痛ぶるのをやめないくせに、自分が逆の立場になった途端簡単に許されようとする!ふざけるな!」
シャルの体は変わらず震えていた。
拳を強く握りしめ、ガンビーを睨みつけながら歯噛みしている。
「ご、ごべんざざい……」
「黙れ!お前たちは遊びのつもりでも、やられた方は心に傷が残り続けるんだぞ!苦しくて、辛くて、死にたくなる時だってある!それなのにお前らはいつもと変わない日常を送る!こんな理不尽が許されてたまるか!!」
シャルは地面に倒れているガンビーの無防備な腹に思いっきり蹴りを叩き込んだ。
シャルの右足にはメキっと骨が折れた感触が伝わってくるが止まらない。
というより、溢れ出てきた怒りの感情に飲み込まれて止まれないのだ。
ピクピクと白目を剥いて痙攣しているガンビーを横目に、シャルは次々と冒険者をねじ伏せていく。
受付嬢は腰を抜かして、書類をバラバラと落としながら恐怖で体を震わせていた。
――――
ギルド内は阿鼻叫喚に包まれていた。
シャルは冒険者達に逃げる隙を与えず、鼻から血を吹き出そうが、腕の骨が折れようが、容赦なく蹂躙していく。
その時、今まで恐怖で口を出せなかったセシリアが叫んだ。
「ラヴィ!やめて!もうやめて!もういいから!」
それでもシャルは頭に血が上り声が届かない。
「ラヴィ!もういいんです!」
セシリアは必死に腰にしがみつき懇願した。
シャルは冒険者と勘違いしてセシリアを殴ろうとしてしまったが、寸でのところで踏み留まる。
「フー……フー……フー……」
興奮状態で肩を上下させていたシャルは、ようやく動きを止め興奮を落ち着かせようとした。
セシリアが涙を流しながら腰にしがみついている姿を見て、ようやく冷静な思考が戻ってくる。
―――その時、アルフォードとの会話がフラッシュバックした。
「シャル、復讐のために強くなるのはいいが、私はただ怒りを晴らすためだけに剣を振って欲しくはない」
「それは僕もなんとなく理解してます」
「時に怒りは、自分の力を引き出す強力なトリガーになる。でもな、怒りに任せた力は、そのうち自分と自分が守りたいモノも傷つけてしまうんだよ」
「でもまた理不尽な状況に陥ったらどうすればいいんですかね?僕が強くなって力が付いたら制御出来なくなりそうです」
「その時はシャルの隣に止めてくれる人が居ることを祈るしかない!」
「ハハハ!完全に他人任せじゃないですか!」
―――――
シャルが周りを見渡してみると、十数人の冒険者達が血を流しながらうめき声をあげて倒れていた。
「お、俺は……」
「ラヴィ、助けてくれてありがとう。……私のために怒ってくれたんですよね?」
(キレてしまった……怒りが頂点を超えて我を忘れてしまった……)
「ごめん。もう怒りで訳が分からなくなっちゃって……」
「……私を助けてくれたって分かってますよ。それにちょっとだけスッキリしました!あの人たちいつも私をバカにしてくるので!」
セシリアは泣き腫らした目で笑いかけてくれたが、その笑顔はどこかぎこちなく、シャルに気を使って言っていることは明白だった。
「悪い。今日はもうここを出るよ。」
「あ、待っ……」
シャルはセシリアを無視してギルドを出て行った。
◾️◾️◾️◾️◾️
(……明日どうするかな)
シャルは冒険者ギルドを出た後、パッフルの街から少し歩いた丘に寝そべって夜空を眺めていた。
(思わずキレて暴れてしまった。……あんなに我を忘れるほどキレたのはいつぶりだろうな?)
ギルドでの出来事を思い出すと、また心臓が高鳴っていくのを自覚する。
手を眺めていると、殴った時の感触、骨が折れる瞬間の音が蘇ってくる。
「ダメだ。まだ興奮状態にあるみたいだ」
シャルは心を落ち着けるため、胡座をかき瞑想をし始めると、少し冷たい夜風が火照った顔を冷ましてくれたように感じた。
呼吸に集中し、少しずつ意識の底に潜り始めていく。
すると、ギルドでの光景がぼんやりとまた脳裏に浮かび上がってきた。
(そういえば、あのガンビーって冒険者、Bランク間近って言ってたよな?Bランクって実はそんなに強く無いのか?剣も遅いし、体捌きもなっていなかった。あそこまで簡単に勝てるもんか?……それとも、師匠の強さが異常なのか……?騎士団長だったから強いのはなんとなく分かっているけど……)
シャルは瞑想中もギルドでの出来事が頭から離れてくれないことを悟り、結局瞑想を断念した。
(それにしても、俺たちに対する差別が想像以上に酷いな。この耳のおかげで味方なのか敵なのかをすぐに見分けることが出来るようになるのはいいのかもしれないけど……)
そんなことを考えていたが、冷静になればなるほど後悔の念も同時に押し寄せてくる。
(……俺は、一体何をやっているんだ)
手の平を見つめると、骨を砕いたときの生々しい鈍い感触が未だに残っている気がした。
あいつらには、罪悪感なんて最初から微塵もなかった。
生まれた時から亜人を差別することが当たり前で、疑問すら抱かずに生きてきた連中だ。
だからこそ、俺たちを侮蔑し、多少の暴力を振るうのは当たり前と思っていて、そこに何の葛藤も躊躇もない。
(……あの日と、同じだ)
脳裏に、赤黒い業火に包まれた『銀の森』の光景が浮かんだ。
エルフの村を笑いながら蹂躙し、命乞いをする者を嘲笑い、母アイリーを殺した男たち。
奴らもまた、何一つ悪びれる様子もなく、ただ当然の権利のように暴力を振るっていた。
ガンビーたちはアイリーを奪った奴らと同じだ。
だから許せなかった。
怒りと憎悪で自分を見失ってしまう程に。
(でも……今日の俺は……)
理不尽を嫌悪していたはずのシャル自身が、怒りのままに力を振るい、無抵抗の人間を暴力でねじ伏せた。
(あいつらと一緒だ。ただ暴力に任せて相手をねじ伏せただけだ……きっかけは違っても、結局やってることは一緒じゃないか……)
シャルは膝を抱え、深く頭をうずめた。
二度と理不尽に屈しないために磨いたはずの力が、セシリアを怯えさせ、自分自身を復讐者へ戻してしまいそうになった事実に、自責の念がいつまでも止まらなかった。
抗う力を手に入れた気になって、結局は衝動のままに暴力へ逃げた自分の浅はかさに嫌気が差してくる。
いくら差別をされ、挑発されたからといって、無抵抗の相手に暴力を振るうのはシャルの考える「抗い」とは違うのだ。
―――アルフォードと最後の修行をした時
「ならお前はこれからどうする?」
「……俺には怒りが残ってる。あいつらには絶望を味わわせてやりたい。……でも復讐するために俺の人生をあいつらにくれてやる気はない。きっとアイリーもそんなこと望んでないはずだから。……だから二度と俺を踏みにじらせないために剣を振るうよ。もしまた目の前に理不尽がやってきた時、目一杯抗うために」
―――そんなことを言ったっけ。
確かに理不尽がやってきたら抗うとは言った。
しかし、今の状況を見たら師匠のアルフォードは何と言うだろうか?
シャルは自責の念と答えの出ない問いが頭から離れず、一睡もすることが出来ないまま朝を迎えるのだった。
◾️◾️◾️◾️◾️
シャルは大きな罪悪感を抱え、居た堪れない気持ちになりながらも、改めて冒険者ギルドに行こうと決める。
せめてやり過ぎたことに対しての謝罪はしなければならないと思ったからだ。
重い足取りで冒険者ギルドの前に到着すると、そこには目の下にクマを作ったセシリアが待っていた。
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