第十六話 アイリーと二つの太陽
今回の第16話で第一章が完結です!
アルフォードとの闘いを終えた夜、いつものように焚き火の前に座り、静かな時間を過ごしていた。
吸い込まれそうな夜の闇に赤く優しい炎が煌々と二人を照らす。
その時、アルフォードはふと立ち上がり寝床へと向かうと、すぐに瓶を持って戻ってきた。
「シャル、一緒に飲もうか」
「これは……?」
「葡萄酒だ」
アルフォードはシャルの木のコップに葡萄酒を注いだ。
「シャルももう十八歳になっただろう?私との修行も卒業したし、成人祝いと卒業祝いだ。今回山を降りた時に調達しておいたんだ」
「そうですか。なんか変な感じがしますね。勝ったわけでもないのに」
「私は別に勝てとは言っていないぞ。納得する一撃を入れろと言ったんだ」
「それに唐突なんですよ」
「思い立ったら即行動だ」
「師匠はたまにそういうところがありますよね。こっちは何の準備もしていないっていうのに……」
「まあそう言うな。とにかくおめでとう」
「ありがとうございます」
シャルは少し恥ずかしがりながら木のコップをカチッと鳴らした。
一口飲むと、葡萄の爽やかな香りが鼻に抜ける。
この世界に転生してから初めて飲む酒は思った以上に美味しく、体と同時に心もほぐしてくれた。
「ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「私と闘っている時、突然動きが速くなっただろ?反応するのがギリギリだった。どうして急に速度を上げることが出来た?」
「そのことですか」
シャルは闘いの時の動きについて質問されると、葡萄酒で口を潤してから話し始めた。
「それは、ブーストを掛ける部分をより具体的にイメージしたんです。そしたら思った以上に上手くいきました」
「どういうことだ?」
「師匠はブーストを掛ける時、早く走りたければ足に、早く剣を振りたければ腕にブーストを掛けると仰っていましたよね?
「ああ。そう言ったな」
「でも、人間の筋肉は全身が連動して動きます。走る時は足の指先、ふくらはぎ、太もも、お尻、さらには足をスムーズに動かす腸腰筋や、上半身をブレさせないための腹筋や背筋、様々な筋肉を動かします。だから、ただ大雑把に足にブーストを掛けるのでなくて、その一連の動作に必要な筋肉をイメージしてみたんです。そしたら出来ちゃいました」
「なるほど。しかし、急にあれだけの速さになったんだ。目が追いつかないだろ?私だって目が速さに慣れるまでは苦労したんだぞ」
「確かにどうして見えていたんだろう?…………そういえば、グレーブンの街でピーキーから逃げる時も同じ感覚になったような……」
「感覚?どういうことだ?」
「動きがゆっくりに見えるというか……。ハッキリ見えるというか……。てっきり極限の集中力を発揮したととばかり思っていたのですが」
「もしかしたら目にもブーストがかかっていたのかもしれんな……なるほど。それは凄い発見だ」
シャルは目を瞑って思い返してみると、確かに目が少し熱かったことを思い出した。
視界がクリアになり、遠くを見通せるような感覚もあったのだ。
てっきりゾーンに入った時のようなものだと思っていたが、違うのかもしれない。
「じゃあ練習してみようかな?」
「やめておけ。目は他の筋肉よりも繊細だ。だからブーストを掛けると目が耐えられなくて失明してしまう可能性があるぞ。眼球は鍛えられないからな。まあそもそも目にブーストをかけるという発想が普通はないから、実際どうなるかはわからんが……私ならやらないな」
(失明したら洒落にならないぞ!どうしよう……練習した方がいい気もするけど怖い……)
「まあ、今のシャルの魔力制御ならどうにかなるかもしれん。いずれにせよ良い事を聞いた!ブーストの掛け方を工夫すれば私はまだまだ強くなるってことだ!」
「師匠!これ以上強くならないでくださいよ!俺が追い越せなくなるじゃないですか!」
「ハハハ!私に勝とうなんてまだまだ早いさ!……とは言うものの、私を追い抜くのはそんなに先の話じゃないだろうな」
アルフォードは楽しそうに笑いながら、続きを話した。
「どうしてですか?」
「確かにシャルの言っていることが出来れば、もっと早く、もっと強くなれるだろう。しかし、シャルが言っていることは、常に全身にブーストを掛けているのと同義だ。足だけじゃなく、上半身にもブーストを掛けるわけだろう?それには膨大な魔力量が必要だし、解像度の高いイメージ力と、より緻密な魔力制御が必要だ。それらを同時に満たせるのは私の周りではシャルくらいだろうな」
シャルはもともと魔力量が膨大で、かつ魔力制御が得意である。
しかし、この五年の修行期間でさらに魔力量は増え、魔力制御はより緻密にコントロール出来るようになっていた。
ブーストへの魔力変換もほとんどロスが無く、魔力制御能力だけで言えば師匠のアルフォードよりも高い技術を習得していたのだ。
(俺は確実に強くなっているんだな!)
自分の手の平をジッと見つめ、師匠の実力に近付いていることをこの時初めて実感し、グッと拳を握った。
「…………しかし、なぜシャルがそんなに筋肉に詳しいんだ?」
シャルは前世の知識で人体の基礎的な事を知っていた。
フィットネスブームやダイエットブームにより、巷では効率的なトレーニングの方法や知識を簡単に入手することが出来る。
その知識を応用しただけなのだが、この世界では治癒魔法があるだけに医療技術が発達していない。
そのため人体についての探究があまり為されていないのだ。
質問に対して少し焦ったシャルだったが、アルフォードには正直に答えることにした。
「実は……前世の記憶があるんです。前世の世界では科学技術がとても発達していました。だから人体について研究する機関も沢山あって、そういった情報を一般人も知る事が出来たんです」
「……ふむ」
「し、師匠?……やっぱり信じてもらえませんよね?ハハハ……そうですよね。前世の記憶なんて言われても普通あり得ないですもんね」
「いや、私は信じるよ」
「え?」
「今までシャルと過ごしてきて、私はキミの誠実さや正直さを知っている。そこに嘘がないことも知っている。ちょっと驚いてはいるが、キミは年齢の割に子供らしさがなかったから納得だよ」
アルフォードは夜空を仰ぎ見ながら信じると言ってくれた。
その言葉の響きには嘘は微塵も含まれていなかった。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「ただ、前世の記憶があることを今後は言わない方がいいだろう」
アルフォードはシャルに視線を戻すと、急に真剣な表情になる。
「それは……どうしてですか?」
「きっと他にも様々な知識を持っているんだろう?もしそれらに興味を持った王族や貴族の耳にでも入ってみろ?散々情報を聞き出されて使い捨てのコマにされるぞ」
「それは絶対に嫌ですね。前世に関してはもう二度と口外しません」
「それがいい。私も今の話は忘れることにするよ」
シャルとアルフォードはその夜遅くまで話し込んだ。
これまでの修行のこと、これからのこと、両親のこと……。
その時間はシャルにとってとても心地の良い時間だった。
◾️◾️◾️◾️◾️
「サンロータスに着いたらまずは領主のところに向かえ。シャルに渡した手紙を見せれば、快く迎え入れてくれるだろう」
「何から何までありがとうございます」
「次に会う時は私に酒でも奢ってくれよ」
「今までお世話になった分はちゃんと返しますよ」
シャルはサンロータス領に行くと決めていた。
そこにオリバーから一緒に逃げた三人が居るからだ。
ウィル、アナ、ロッティは一度ロングボルト領で保護された後、アイラックの勧めもありサンロータス領で仕事を斡旋してもらえることになったという。
アルフォードも一緒に行くと思っていたのだが、ロングボルト領に用があると言ってそちらに向かうことになったのだ。
キーデン山を境にシャルは北へ、アルフォードは南へ向かうことになる。
「シャル、餞別だ。持っていけ」
アルフォードは背中の剣を外しシャルに渡した。
「え?これは師匠の剣じゃないですか」
「そうだ。有名な鍛治職人に作ってもらった歴とした業物だぞ?」
シャルは剣を両手で受け取り、その重さを噛み締めながら背中に回した。
「凄く重い。……大切にします」
「それと、耳は隠していけよ?」
「前から思っていたんですが、どうして耳を隠さないといけないんでしょうか?」
「それは……シャルが忌み子と呼ばれる存在だからだ」
「忌み子……?」
「エルフと人間から生まれた子を忌み子と言うんだ。このウェルザー王国ではエルフは差別の対象だ。人間との争いに負け、虐げられてきた歴史がある。だから基本エルフはひっそりと暮らしているんだが、そんな中でごく稀に人間との間に子供ができてしまうことがある。
人間側からすれば、そもそも差別の対象となっているエルフと、人間の裏切り行為によってできた子供は嫌悪されるし、エルフ側からすれば恨みや憎しみの募る人間の血が混じった子供を嫌悪する。人間からも同族のエルフからも忌み嫌われる存在だから忌み子と言うんだよ」
アルフォードは目を伏せながら答えた。
本当は話したくなかったのだが、シャルの強さを信じて正直に話してくれたのだ。
(そうか。だから俺は銀の森に居た時村に行かせてもらえなかったんだ)
シャルはやっと自分の置かれていた状況を理解し、同時に納得した。
「師匠はそんな俺を何とも思わないんですか?」
「あ?別に忌み子だろうがなんだろうがシャルはシャルだろ?」
アルフォードはニカっと笑ってシャルの肩に手を乗せた。
「それにな、エルフだからとか、ハーフエルフだからとか、差別の目を向けてくるやつもいるが、そうじゃない人もこの国には沢山いるんだよ。だから、人間を恐れるな。同族を嫌いになるな。必ずシャルの周りには良い仲間が集まる」
もしシャルがアルフォードと出会わず、復讐の怨嗟に取り込まれていたら聞き入れられなかったかもしれないが、シャルは修行を通して心の強さも手に入れることが出来た。
もしまた理不尽に出くわしても、真正面から受け止めてやろうと決意する。
それに、前世でも同じような経験をしている。
もう慣れっこだ。
「そういうことなら、耳は隠さずにこのままでいきます。もしまた理不尽な目に遭っても、今まで以上に抗ってみせますよ」
シャルもそう言い切ると満面の笑みを浮かべた。
「それなら、今日からシャルじゃなく別の名前を名乗れ」
「それはどうしてですか?」
「念の為だ。オリバーからの逃走、ピトロスキー一家からの逃走、あれから時間が経っているとはいえシャルは指名手配犯みたいなもんだ。ましてやハーフエルフなんて目立つだろ?せめて名前だけでも偽名を名乗っておけ」
シャルは少しの間考えた。
「師匠がそういうなら……」
シャルは耳を隠さずに名前を隠すのはどうかと思ったが、今日は人生の門出だ。
新たな人生に新たな名前を名乗るのも悪くないと思った。
「じゃあ、俺は今日からラヴィと名乗ります」
「ラヴィ……か。何か意味でもあるのか?」
「俺の前世の名前です。前世は佐藤太陽っていう名前でした。ラヴィは太陽って意味なんですよ」
「そうか。……そう言えば、シャルは母親のことをアイリーと呼んでいたな。それは愛称だろう?正式にはアイリアって言うんじゃないか?」
「そうですけど、それが何か?」
「アイリア……やっぱりそうか。……アイリアっていう言葉は昔の言語で太陽を意味するんだそうだ」
シャルはハッとして目を見開く。
(そうか……アイリーの名前も同じ意味を持つのか)
「私が若い頃、同じアイリアという名前の女性から教えてもらったことがあってね。何か運命じみたものを感じるな」
(……確かにアイリーは太陽みたいな人だった。温かくて、常に俺を照らしてくれるような存在だった。……今世では俺もそんな存在になっていけたら……)
「忌み子なんて暗い存在じゃなくて世界を照らす明るい存在になれ!」
シャルは薄らと涙を目に浮かべ、笑顔でアルフォードに告げた。
「はい!師匠、行ってきます!」
前世の知識と経験に加え、剣術を学んだシャルの人生はここからさらに大きく動き始める。
理不尽が支配する表舞台へ、ようやく一歩踏み出す。
第一章お読み頂きありがとうございました!
第二章は1週間ほど準備期間を設けたいので10月26日(月)19:00に更新予定です。
新たな物語の幕開けを楽しみにお待ち下さい!
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