第十五話 濁火から蒼き意志へ
次回はいよいよ第一章のクライマックス!10月17日(日)PM19:00に第16話を更新予定です!
身体強化魔法の修行を開始してからさらに五年が経った。
成長と共に骨格と筋肉は引き締まり、ある程度ブーストの出力を跳ね上げても壊れない体が出来上がっている。
今では日々の基礎トレーニングに加えて、毎日アルフォードとの戦闘訓練も積んでいた。
―――正直、こんなに長い期間修行を付けてもらえるとは思っていなかった。
アルフォードにも自分の人生がある。
修行はもう十分だと何度も伝えたのだが、『まだ一人前になっていない』の一点張りで、頑として首を縦に振らなかった。
それに、アルフォードは教えることが楽しいと言って付き合ってくれていたが、罪滅ぼしの意味も混じっているのだろう。
それでも実の父親に稽古をつけてもらっているような温かさがあり、シャル自身、その居心地の良さに甘えていることを自覚している。
修行が終わりウィル達に会った後は、父のアーサーを探す旅に出ようと考えていた。
(アーサー…………今どこにいるんだろう?)
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アルフォードは騎士団を退団してから、傭兵稼業で生計を立てていたらしく、キーデン山で修行が始まってからも、時折山を下りて稼ぎに行っては物資を調達してきていた。
一緒に連れて行って欲しいと何度も頼んだのだが、『私に勝ったらな』と言って、軽くあしらわれるのが常だった。
アルフォードが不在の間、シャルはひとり魔物を相手に技を磨く。
山頂付近になると修行に丁度いい魔物が沢山いるからだ。
シャルが修行を終えて洞窟に戻ってくると、ちょうどアルフォードも出稼ぎから戻り、夕食の支度をしてくれていた。
「師匠!お帰りなさい!ついでにこれも焼きましょう!途中で見つけたから狩ってきたんです!」
シャルは肩に担いだ、野うさぎを持ち上げ、得意げに笑った。
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夕食を終わらせ、二人はパチパチと爆ぜる焚き火を囲んで座っていた。
ゆらぐ炎を見つめていたアルフォードが、視線を変えずに口を開く。
「なあシャル、お前はまだ復讐を望んでいるか?」
「…………正直、分かりません。ずっと修行に着いていくのに必死でしたから。勿論最初は怒りや憎しみに囚われていたのは事実です。……でも、段々と成長を実感する度に、修行が楽しいから強くなりたいと思うようになりました。というか、師匠に認めてもらえることが嬉しいんです」
「……そうか」
「今はもっと強くなるためにはどうすればいいんだろう?って興味や好奇心の方が強いです。ただ……もしオリバーやオランジュに会ったら、また復讐心が顔を出すかもしれません」
「もしそうなったら、その時の心の声に従えばいいさ」
アルフォードは優しく呟くが、一瞬だけ陰ったシャルの表情を見逃さなかった。
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翌朝、日課の素振りを終えたシャルにアルフォードが真剣を手渡してきた。
「シャル、今日で修行は終わりだ。剣を取れ」
「ちょ、ちょっと!師匠!いきなりどうしたんですか!?」
「どんな手を使ってもいい、攻撃魔法も解禁だ。私が納得する一撃を入れてみろ」
シャルは突然の発言に狼狽するが、アルフォードの目は真剣で、有無を言わせぬ迫力がある。
暫く黙っていたシャルだったが、申し出を受け入れた。
「わかりました。お願いします」
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いつもの開けた場所に移動すると、互いに間合いを取り、剣の柄に手を掛けた。
「手加減はしないぞ」
「はい」
シャルの手にはじんわりと汗が滲んでいる。
アルフォードの鋭い目は、まるで獲物を狩る猛禽類のようだ。
(師匠の威圧感ってこんなに凄いのか?)
シャルはゴクリと唾を飲み込み、軽く息を吐き出すと一気に魔力を練り上げた。
「「ブースト!」」
同時にアルフォードもブーストを発動する。
二人の呼応と同時に、ブーストを纏った威力で蹴り上げた地面に亀裂が入り、足元の小石が砕け散った。
先手を取ったのはシャルだ。
上段からの強烈な斬り下ろし。
渾身の一撃だったにも関わらず、アルフォードは刀身をわずかに傾け衝撃をいなす。
勢いを流され、体勢を崩しそうになったシャルだったが、強引に回転力に変え右足の回し蹴りを側頭部に叩き込んだ。
ガツッと鈍い音が響くが、アルフォードはその蹴りを腕一本で受け止め、バックステップで距離を取る。
「まだまだだな」
「小手調べですよ」
「そうか。なら今度はこっちからいくぞ」
冷や汗を掻きながら強がりを返した瞬間、アルフォードが一瞬で目の前に迫っていた。
(――速っっっ!?)
ドォンッーー!!
アルフォードが踏み込んだ地面は、小なクレーターを作り、小石が宙に舞っていた。
反射的に両手で剣を掲げて受け止めたが、頭上からの振り下ろしは、まるで隕石が落ちてきたかのような威力だ。
身体中の骨が軋み、耐えきれず片膝を付いたところに、容赦ない膝蹴りが顎を跳ね上げた。
「がっ……!?」
脳が激しく揺れ、視界がぐらつく。
「この程度で倒れるなら最後の修行にならんぞ。本気を出せと言ったはずだ」
シャルはよろけながらも無理やり立ち上がり、両足にかけているブーストの出力を上げた。
「出してます……よ!」
吐血混じりに叫びながら、アルフォードとの間合いを詰めると、至近距離から小さなファイアボールを放つ。
――ボカァァン!!
アルフォードの足元で圧縮された炎の塊が爆ぜ土煙が舞う。
視界が途切れた一瞬を見逃さず、即座にアルフォードの背後に回り込み袈裟懸けを打ち込んだ。
「甘い」
アルフォードは体を半分引いて躱すと、シャルの腕を掴み遠心力に乗せて地面へ叩きつけた。
「ガハッッ!!!」
シャルは背中から地面に叩きつけられ呼吸が出来なくなる。
直ぐに立とうと本能で体を転がすが、その隙を見逃される訳もなく、思いっきり腹を蹴り上げられた。
「――ッッ!!」
叫び声さえ上げられず、痛みで意識が遠のく。
視界が白く明滅し、アルフォードの姿が三重に重なって見えた。
(ああ、やっぱり師匠には敵わねえよ……この人バケモノだ……)
ーーー勝てないと諦めかけたその時、一瞬でシャルの意識が覚醒した。
肌を突き刺すような殺気に、鼓動が大きく波打ち、脳内に警鐘音が鳴り響く。
心臓を鷲掴みにされるような感覚、氷のような冷たい殺気。
無理やり体を起こし大きく息を吸って落ち着きを取り戻そうとするが、シャルの体は細かく震えていた。
覚悟をしたつもりでいて、本気で向き合えていなかった。
心のどこかで殺されないだろうという甘い考えがあった。
「シャル、お前はどうして強くなろうと思った?お前が強くなりたいと願った原点を思い出せ」
アルフォードの声には一切の情が無かった。
「……俺は……アイリーを殺した奴らに復讐を……」
「母親はどうやって殺された?」
ドクンッ!―――
アルフォードに問いかけられるまで忘れていた。
というより、無意識に思い出さないようにしていた。
アイリーはシャルを守るために自分が犠牲になったのだ。
「お前を守るために目の前で死んだんだろう!何の罪も無い母親が無惨にも殺されたんだろう!過去に蓋をして見て見ぬ振りをするのか!!」
「師匠……もうそれ以上は」
「シャル、原点を思い出せ」
シャルの心は軋みを上げ強く締め付けられる。
「お前は今までどんな目に遭ってきた?」
ドクンッ!―――
アイリーを失った悲しみに浸る余裕もなく奴隷にされた。
「毎日尊厳を傷つけられ、マフィアに身を寄せながらも必死に生きてきたんだろ!!自分の感情から逃げるな!!」
「師匠……やめてよ」
「お前は復讐するために強くなったんだろ!そのために生きてきたんだろ!怒りを!憎しみを!解放しろ!」
シャルの頭は混乱した。
修行に明け暮れ、楽しいと思える日々を過ごす中で、過去の感情にケリがついたと思っていたからだ。
だが違った。
感情の上書きなど出来やしない。
結局思い出したくない出来事は、心の奥底へとこびりついてそこに残り続けるのだ。
―――ドンッという鈍い音と共に、アルフォードの拳が顔面を捉えていた。
気付いた時には、完全に脳震盪を起こし意識が朦朧とする。
(ああ……そういえば……昔もずっと……こんな風に苦しかったんだよな……)
―――沈んでいく意識の中で、シャルは前世を思い出していた。
どれだけ頑張っても報われない日々。
自分はきっとこのままじゃ終わらない、ここまでやってきたんだから必ず結果が出るはず、もっと上手くいくはず。
そう言い聞かせながら結果が出ない日々を過ごすのは恐怖でしかなかった。
上手くいっている理想の自分と、バイトをしながらもがいている現実の自分とのギャップがありすぎて壊れそうだった。
(あれ?俺って、なんであんなに頑張ってたんだっけ?なんであんなに成功したかったんだっけ?)
そんな風にもがき苦しんでいたのも、社会で理不尽に扱われたからだ。
学校ではいじめられ、社会に出てからはパワハラにあった。
自分一人で仕事を始めたときも、周りからは白い目で見られ、クライアントには散々嫌味を言われた。
そんな奴らを見返したくて、そいつらに自分の存在を認めさせたくて必死だったんだ。
でもあんなに頑張ったのに、あんなに我慢したのに、なにひとつ努力が報われなかった。
本当は復讐したかったんだ。
でも出来なかった。
だから感情に蓋をして、今までのことを無かったことにしようとしたんだ。
あんなに簡単に死ぬなら、俺を傷つけたやつら全員に復讐してやればよかったな……。
―――復讐したかった。
アイリーを殺した奴らを全員叩き潰して、「どうだ、俺は凄いだろう」と誰かに言いたかった。
復讐を遂げることで、「よくやった」と誰かに認めて欲しかったのかもしれない。
だが急に目の前にアイリーが現れ、静かにそれを否定する。
血にまみれて復讐を果たした俺を見て、アイリーは「よくやった」と褒めてくれるだろうか?
誇らしそうに笑って褒めてくれるだろうか?
(……そんなわけ……ないよな)
ああ、そうか。
アイリーを助けに行った時も、皆の囮になった時も『助けに来てくれてありがとう』『シャルのおかげで助かった』って言って欲しかったんだ。
俺の存在を認めて欲しかった。だからもっと認められようと、頑張ろうとした。
自己犠牲に走ってでもその言葉が欲しかったんだ。
ーーーなら、この怒りはどうすればいい?
腹の底で渦巻く憎悪は消えてなどくれない。
アイリーを殺された痛み。理不尽に踏みにじられた屈辱。
命をゴミのように扱われた絶望。
簡単に水に流せるほど、俺は器の大きい人間じゃない。
許せるはずがない。忘れられるはずもない。
だからこの怒りはーーーー。
ドス黒かった感情が、静かに、蒼く澄んだ絶対的な意志へと変色していく。
シャルは静かに立ち上がった。
今までと纏う雰囲気が違う。
シャルの体からは濃密な魔力が立ち上っていた。
「師匠、俺やっとわかった気がするよ」
「なにがだ?」
「俺は、ただ認めてもらいたかったんだ」
「…………」
「誰かの役に立ちたくて、褒めてほしくて、だから自分で勝手に背負い込んでた……全部、自分の責任だった」
「そうか。ならお前はこれからどうする?」
「……俺には怒りが残ってる。あいつらには絶望を味わわせてやりたい。……でも復讐するために俺の人生をあいつらにくれてやる気はない。きっとアイリーもそんなこと望んでないはずだから。……だから二度と俺を踏みにじらせないために剣を振るうよ。もしまた目の前に理不尽がやってきた時、目一杯抗うために」
シャルは穏やかな笑みでゆっくり答えた。
アルフォードは踵を返し、改めてシャルとの間合いを取った。
(それでいい。怒りを抱えていていい。ただ、その怒りの矛先が大事なんだ。よく自分で辿り着いたな)
「さあ、これで最後だ」
シャルは目を瞑り、集中する。
――――刹那、シャルがアルフォードの視界から消えていた。
「なっ!!」
アルフォードの左側から剣が迫っている。
咄嗟に剣を突き出し防ぐが、防御が甘くなった。
シャルの剣の切っ先がアルフォードの頬を掠める。
アルフォードはバランスを崩し、剣を地面に突き立て体勢を整えるが、間髪入れずシャルはファイアボールを腹に叩き込んだ。
アルフォードは瞬時に後ろへ飛び、爆風の威力を相殺させた。
――― 一瞬の間。
シャルとアルフォード、同時に地面を蹴り上げる。
―――ドンッッ!!
――― 両者の剣はお互いの首元に添えられていた。
アルフォードは穏やかな表情で言った。
「卒業おめでとう」
本日は投稿が若干遅くなっちゃいました。。ごめんなさい。。
今回はシャルの心が一皮むける僕の中でとっっても大切な話でした。
ひと回りもふた回りも心が強くなったシャルが次回ついに旅立ちを迎えます!
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