第十三話 決意の朝に
次回は10月17日(土)AM1:00に第14話を更新予定です!
王国東部の山奥。
深い森の中でシャルは横になっていた。
シャルはグレーブンの街から脱出し、ロングボルト領へ向かう予定だったのだが、そこに辿り着くにはキーデン山を超えていくか、大きく迂回していくしかない。
キーデン山のルートはロングボルト領まで早く到着出来る代わりに、魔物が多く危険が伴うルートなのだが、騎士団からもマフィアからも追っ手がかかっている以上、迂回路では追いつかれるリスクがあったため山越えを選んだ。
アルフォードの強さとシャルの魔法があれば問題なく通過出来ると思ってのことである。
しかし、途中でシャルが魔物に襲われて足を怪我してしまい、仕方がないので、深い森の中に入り治療をすることになった。
夕食用に獲物を狩ろうとしたところ、逆に狼型の魔物に襲われてしまったのだ。
魔法が得意なこと、マフィアを出し抜いてきた頭の回転の速さ、前世の知識と経験のアドバンテージ、これらの自信が、気付かぬうちに過信に変わってしまっていた。
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「アルフォードさん、……ごめん」
「なあに、しょうがないさ。あれだけの魔物に囲まれたんだ。足の怪我で済んで良かったよ。それより私ももう少し早く気付けていればこうはならなかった。悪かったな」
シャルは自分が迷惑をかけたことに罪悪感を募らせていた。
魔法を使えるからといって自信過剰になっていたこと後悔し、目を伏せる。
「私が治癒魔法を使えたら良かったんだが……どうもそういった魔法は苦手でな」
「ううん、それはいいんだ。それより、完治までどれくらいかかるかな?」
「そうだな……医者じゃないから正確な判断は出来ないが、折れてはいなさそうだし、恐らく普通に歩けるようになるには二週間ってところじゃないか?」
「そうだよね。僕もそれくらいかかる気がすると思ってた」
(急がば回れ。急いては事をし損じる。前世の座右の銘だったんだけどな。気持ちが先走った結果がこれか)
「幸いなことに、ここにはファブレシアの花が咲いている」
「ファブレシアの花って何?」
「ファブレシアの花っていうのは、魔物避けになる植物だよ。乾燥させて粉にして焚き火と一緒に燃やすんだ。そうすると魔物が寄ってこなくなる。魔物は匂いに敏感だから、一度燃やすと暫くの間は寄ってこないし、燃やした灰からも匂いが出続ける。こういう場所では重宝するんだ。まあ弱い魔物限定だけどな」
「そういうのがあるんだ」
「山頂に行かなければ強い魔物はいないから、焦らずに痛みが引くまで様子を見よう。基本は私が側についているし、私が狩りに出るときはファブレシアを使えば良い。そうすれば多少は安心だ」
シャル達は治療も兼ねてしばらく身を潜めることにした。
―――キーデン山を通る人は少ない。
魔物が多く棲息するということもそうなのだが、そもそも道が険しく、山越えの難易度が高いのだ。
そのため、道から外れた森の奥で身を隠せば、追っ手にも見つからないと踏んだ。
アルフォードに背負われて隠れ家を探していると、ちょうど良い大きさの洞窟が見つかった。
側には綺麗な川も流れており、少しの間生活する分には問題はなさそうだ。
◾️◾️◾️◾️◾️
洞窟で休み始めて一週間が過ぎた。
太陽は傾き、漆黒の空には星々が輝いている。
その頃シャルは夕食を終えて、無言で焚き火を眺めていた。
「足の調子はどうだ?」
「うん。大分痛みは引いたよ。普通に歩くくらいなら問題はなさそう」
「そうは言っても、まだまだ険しい山道は続くからな。もう少し様子を見てから移動を開始しよう」
「…………」
「ん?シャル、どうした?」
シャルはじっと焚き火を見ながら、ここ数日考えていた事を口にした。
「僕……本当にこのままでいいのかな?って思うんだ」
「どういうことだ?」
「僕は故郷を奪われた。オリバーの奴に復讐したいし、オランジュみたいに、弱者をカモにする奴らも許せない。でも……今のままじゃきっと何も出来ない。僕は弱いから」
「そんなことはないだろう。シャルは十分に戦ったし、皆を助けた」
「このままロングボルト領に行っても、きっと僕は何も出来ずに終わる気がするんだ。復讐も、何も出来ない。そしてそのまま後悔を抱え続けて生涯を終える気がする」
「…………」
「この世界は理不尽だ。誰も自分を守ってはくれないし、力がなければ奪い取られる。だから強くなって僕はあいつらを殺したい」
するとアルフォードは少し強い口調で語りかけた。
「……シャル、気持ちは分かるが、復讐を人生の目的にするのは辞めろ。自分をもっと傷つけるだけだ。それに、怒りや憎しみに囚われる奴は人生が破滅へ向かうぞ」
「………………」
「なあシャル……」
「アルフォードさんには!」
シャルは歯を食いしばりながら、アルフォードの言葉を遮って大声をあげた。
「アルフォードさんには分からないよ!急に村を襲われて、目の前で母親を殺された!奴隷になって毎日暴力に晒されて、頑張って逃げた先ではマフィアに取り入るしかなくて!殺したいって思うのは当然のことだろう!それにあんただってオリバーの仲間だったじゃないか!あんただって奪う側の人間だ!」
シャルの瞳からは大量の涙が溢れ出ていた。
まるで今まで溜め込んだ感情が決壊するように、ボロボロととめどなく涙が零れてくる。
「シャル……」
アルフォードの表情はただただ悲しげで、謝罪の言葉すらも出てこなかった。
ーーーその後もシャルは嗚咽を漏らしながら少しの間泣き続けた。
感情がぐちゃぐちゃになり、どうしていいかも分からない。
「ひっく……分かってるよ!……ちゃんと頭では分かってるんだ!復讐に囚われても……ひっく……意味がないことくらい!でも……ひっく……受け入れられないんだ!」
正論なのは理解している。
しかし心がそれを拒否するのだ。
今のシャルには感情を制御できることが出来なかった。
◾️◾️◾️◾️◾️
その後二人の間に会話は無いまま、シャルは泣き疲れていつの間にか寝入ってしまい、目を覚ますと朝になっていた。
ふと回りを見渡すとアルフォードがおらず、急に不安が込み上げてくる。
(昨日あんなことを言ってしまったから愛想を尽かされたのかもしれない……俺の寝ている間に出立したなんてことはないよな?大丈夫だよな?)
シャルは昨日のやり取りを後悔していた。
感情が溢れ出して、言葉も涙も止めることが出来なかった。
言ってしまえば八つ当たりだ。
アルフォードが悪いわけではないのに、酷いことを言ってしまった。
「アルフォードさんが戻ってきたらちゃんと謝ろう」
シャルはアルフォードが戻ってくるまでに朝食の準備をして待っていようと思い動き出した。
何かをしていなければ不安に押しつぶされると思ったからだ。
だがそんな心配をよそに、朝食を作り終える頃にアルフォードは戻ってきた。
「やあシャル、おはよう」
「ア、アルフォードさん、おはようございます。それと……昨日はすいませんでした。自分でも訳わからなくなっちゃって……」
「いいさ。それよりもお腹が空いたんだ。朝食を食べてもいいかな?私のために作ってくれたんだろう?」
アルフォードは昨日と変わらない笑顔で話しかけてくれた。
朝食を食べ終わりゆっくり片付けをしていると、アルフォードは真剣な表情でシャルに話しかけてきた。
「なあシャル。私は昨日、復讐を人生の目的にするのは辞めろと言ったね。……でももし私もシャルのような年齢で同じ経験をしたら同じ事を言えるかどうか考えてみたんだ」
「あ、いえ、別に。復讐は良くないことって分かっ」
「復讐すればいい」
今度はアルフォードがシャルの言葉を遮り言い切った。
「え?」
シャルはアルフォードの予想外の言葉に困惑した。
てっきりまた否定されるものだと思ったのだ。
「ちょ、ちょっと、急にどうしたんですか!?」
「……一晩じっくり考えてみたんだが、私もシャルと同じ気持ちになるんじゃないか?って思ってね」
シャルは眉間にシワを寄せ、強く拳を握る。
体がこわばり、自分の体が怒りで震えていることすら気付けなかった。
「いくら表面上誤魔化しても、シャルは奴らが許せないんだろ?それが本音なんだろう?だったら自分の心に嘘はつくな。やりたければやればいい」
アルフォードの真剣な目を見て、シャルは俯き、泣きそうな声でポツポツと話し始める。
「でも、僕は……復讐できるような強さを持っていないし、それに復讐はよくない。昨日は訳がわからなくなっちゃたんだ。……ましてや相手は国やマフィアで、どれだけ楯突いても………奴らの理不尽に抗えるとは到底思えない。結局……何も出来ずに終わるんだよ。…………僕は口先だけの男だから」
前世でもそうだった。
どれだけ理不尽な目に遭って怒りや憎しみが湧いても、無理やり感情を抑え込んできた。
喧嘩は良くない、暴力は良くない、怒ったら負け。
そんなことを言われて育った。
だって『それは悪いこと』だから。
『人に向けていい感情じゃない』から。
そうやって『誰かを恨むこと』そのものを悪だと自分に言い聞かせてきた。
だから人の持つ悪意を笑って誤魔化して……。
腹の中で煮えたぎるマグマのような感情を見てみないふりをして……。
感情が出てしまうのは自分の器が小さいからだと自責して……。
でも本当はずっと、叫び出したいくらい怒っていた。
ドス黒い感情に蓋をし続けるために、許せないものを、許したフリをして誤魔化していただけだった。
だって怖かったんだ。
感情を表に出して、自分が傷つく事が。
「―――じゃあ強くなれ」
「え?」
「理不尽に抗う力を身につけろ!復讐心でも怒りでも恨みでも何でもいい。その気持ちが強くなろうとする原動力になる。そしてその時にまだ気持ちが消えていなければ、復讐なり敵討ちなりすればいい」
(……いいの?……あいつらを憎んだままでいいの?ずっとダメだと思ってた。そういう感情は良くないことだと思ってた。でも……この感情を否定しなくて……いいのか?)
シャルの胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
シャルの目からは大粒の涙がこぼれ、歯を食いしばりながら絞り出すように答えた。
「強く……なりたい!」
涙を拭ったシャルの目には今までと違う、真っ直ぐな炎が宿っていた。
シャルが自分の感情を受け入れて、少しだけ心が解放されました。。。シャル!よく本音を言えた!
さていよいよ第一章の佳境が近づいてきました。次回のシャルは一体どんな成長を見せてくれるのでしょうか?
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