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陽炎の鏡 ― 秘巫女の輪廻、鏡が繋ぐ空白の歳月

第2話です。

挿絵(By みてみん)


第三章:三十八歳の境界

 奈良の現場を後輩に託し、僕は京都へと向かった。かつて僕たちが歩いた鴨川のほとりや、彼女が籍を置いていた大学を歩き直すためだ。  二十五年という歳月は、僕たちの母校の風景すら変えていた。


しかし、古びた研究室の名簿や、細い糸を辿るようにして見つけ出した「当時の友人」たちの口から漏れる彼女の面影は、僕の知る遥とは似ても似つかない、どこか異様な色彩を帯びていた。


 「佐伯さん……。ああ、あの『巫女さん』のこと?」  かつての古代史同好会の仲間だった男は、今は市役所の職員として働き、疲れ果てた顔で僕に言った。


「あの子は、あの日から変わってしまったんだ。纒向の未調査区域に、同好会のメンバーで無理やり入り込んだあの日から」  僕が探り当てたかった「ある場所」とは、彼女が失踪する直前に訪れたその場所だったのだろうか。


男の話によれば、彼女はその日を境に「誰かの声が聞こえる」と呟くようになり、いつの間にか忽然と姿を消したという。彼はそしてふと思い出したように、「私らは佐伯さんが失踪して以降は、彼女のことはようは知りませんが、彼女の先生みたいな古代史の学者なら何か知ってるかもしれませんなあ。」と言って、遥の通っていた大学の文学部の講師を紹介してくれた。


その講師は、溝田という名前で、僕の調べでは、大学の中でも異端児でもう50は十分に過ぎているのだが、教授はおろか准教授とかの話もなく、ひたすら古代史の研究に没頭してる人間だった。


僕は、その溝田先生を尋ねて遥の失踪の理由やその後のことを知らないか尋ねた。溝田は最初、僕のことを用心していたようだが、僕の方から学生時代にお付き合いをしていたというと、思い出したように、「ああ、佐伯くんがよく言ってた高山くんですか・・・」といい、事の次第をぽつりぽつりと語り始めた。


溝田の言によると 彼女は纏向の近くにある立ち入り禁止だった遺跡を調査した際に、なにかに憑かれたようになってしまったというのである。その場所がなぜ封印されていたのかは分からなかったが、あまり知られていない場所でもあり、むしろ宗教的な意味合いで封印されていたと思っていたので、無謀を顧みずに数人で中に侵入したというのである。そこには遥も確かに入っていたという。


 そこから帰ってきてからも遥は、一人で奈良へ何回か足を運んでいたようで、大学の方は3か月ほど無断欠席で京都のアパートも全く帰った形跡すらない状態だったらしい。溝田は見るに見かねて、ツテを頼って彼女に遺跡発掘の下請会社のアルバイトを紹介したらしい。


彼女はその下請け会社に住み込みで働き、発掘をしながら自分でも何かをしていたみたいだと溝田は言った。そして気がつけば彼女はいつの間にか退学しており、溝田の方もそれ以降は彼女とは音信不通になったという。


 僕は更に溝田の紹介で当時の下請会社の従業員で、遥とも一緒に働いていたであろう人物を尋ねてみた。


その人物は広田という初老の女性だった。僕は広田さんに名刺を渡して、遥の話を切り出した。「ああ、あなたが高山さんなのね。佐伯さんからはよく聞いてましたよ。檜原神社の近くの遺跡で佐伯さんを見かけたのですか・・・」と広田さんはじっと僕の顔を見つめていった。「佐伯さんはね、ずっと謝っていましたよ。それとまた慕ってるようでもありましたね、高山さんのことを。」  


その婦人は、一冊の古びた手帳を僕に差し出した。 「でも、こうも言っていました。『私はもう、彼女と一つになってしまったから、元の場所には帰れないの』と」


 手帳をめくる僕の指が震える。そこには、彼女の繊細な筆跡で、卑弥呼とも、あるいはもっと古い時代の巫女とも取れる「独白」が綴られていた。  ――私は、鏡を見つけたのではない。鏡が私を見つけたのだ。  ――彼女は、私の中に住んでいるのではない。私が、彼女の一部なのだ。


その日記は七年前の夏を最後に空白となっていた。 広田さんは、僕がそこまで手帳を読んだのを確かめると、つらそうな顔で僕に彼女の死を知らせた。彼女は七年前。三十八歳の夏。  僕が今掘り進めている、あの纒向の藪の近くで、土砂崩れに巻き込まれて亡くなっていた。


 不慮の事故。だが、発見されたとき、彼女はまるで祈るように地中を素手で掘り起こした姿で、絶命していたという。広田さんは更に僕にある古文書を手渡してくれた。「一度読んでみてくだされや。これは佐伯さんもよく目を通していたもので、巫女たちの輪廻について書かれています。作者は誰かもうわかりませし、誰もその文書がいつの時代かもわかりません。


ただ、確実にある血筋の人たちの間では伝えられてるものの写本やと、佐伯さんはいってはりました。」 僕は広田さんに礼を述べて、その古文書を持って一度奈良の研究室へ戻った。




かんなぎ霊力ちからは、車輪くるまの廻るが如く継ぎゆくものなり。 月の障りを知る頃よりその身に宿り、月水の尽きんとす三十八のよわいに至りて、霊力は次なる器へとうつろふ。 継ぐ者は、傍らに在ることもあれば、遠き知らぬ処に在ることもある。これ皆、神の御心みこころのまにまに、人の測り知るべからざるなり。えざるめぐりを、すなわるべきすべは蒼き鏡……




古文書はそこで途切れていた。というよりも破り捨てられてその次の文章を誰かが持ち去った、そんな風に思えた。


 「三十八歳……」  その年齢が持つ不吉な符合に、僕は戦慄した。古代において、巫女がその役割を終え、神に召されるとされる、あるいは代替わりが行われるとされる年齢。  彼女は死んだのではない。歴史という名の巨大な意志に、文字通り「喰らわれて」しまったのか。では、あの夕暮れに僕を導いた彼女は一体何だったのか。  


 僕は手帳を握りしめ、再び纏向へと引き返した。僕が掘り当てたあの祭祀遺構の底には、まだ「何か」が眠っている。彼女が命を懸けて守り、そして僕に託そうとした、歴史を根底から覆すような遺物が。




 第四章:陽炎の抱擁、泥の十字架


 手の中にあるのは、昨日、僕自身の手で掘り起こした三角縁神獣鏡とは全く違う半欠けの青銅鏡の破片だった。  歪んだ円弧の縁には、あの古文書にあった通りの文様が刻まれている。僕はその青銅の鏡を見たことがなかった。特に大和の地で数多く出土される三角縁神獣鏡とは全く違うものだった。


僕は遥が残した古文書を思い出した。確か、るすべは蒼き・・・とあった。そこを遥は破っていた。僕はこの半分に割れた鏡の意味を考えていた。巡りを断ち切る・・・38歳の巡り、巫女 一対の鏡・・・僕の思考は堂々巡りをはじめた。


38歳で若き巫女に譲る、輪廻、断ちきるには蒼き鏡、遥はその鏡を手に入れた? 僕はこの割れた青銅鏡を見つけた場所を思い出した。そこはこの遺跡の奥の藪の中、すでに2メートルは掘られたところだ。


 その時、発掘事務所へ学芸員のTさんが慌ただしく入ってきて、「高山さん、大変なことですよ。例の先月に発掘された青銅鏡、あれ鑑定してもらってたら、纏向ではなく吉野ケ里の近くで出土したものに間違いなという話が来ましたよ。それも今のところ行方不明となってるものだそうです。」それを聞いて僕は「え? どういうことなん? 詳しく教えて。」とTさんにお願いした。


「その青銅鏡は福岡の研究施設で保管されてたのですが、8年ほど前に行方がわからなくなっていて捜索中ということです。それとその青銅鏡の発見者が佐伯遙ってなってましたけど、この人もすでにおなくなりなってます。」とTさんは一気に答えた。その後もTさんは何か僕に説明をしてくれていたが、僕は、遥かはあの鏡は一体の戻すべきものと、古文書から考えていたんではないか? そして例の古文書通りに、もう一つの鏡を遥は、あの場所で探していて事故に巻き込まれた、そんな思いにとらわれていた。


そして、僕はもう半分の鏡は、絶対にあの時に遥が教えてくれた、そして鏡の半分を見つけたあの場所にある、そう確信めいたものを持ち始めていた。


 僕は話の途中ではあったが、すぐに作業着に着替えて遺跡跡へ向かった。遺跡の中は真っ暗ではあったが、懐中電灯を頼りにあの青銅鏡を見つけた場所へと急いだ。


遺跡はいったん調査を終えてそのままの状態で保存されてはいるが、遺跡の中を奥深く進んで、外部の藪との境界あたり、あの場所へ再度戻ってきた。僕は再度鏡を見つけた場所にたち、思い切ってその土の表面をはぐように調べはじめた。


2時間ぐらい掘り進めたときだった。何か土器などとは違う、少し柔らかいものに手が触れた。僕は、それを注意深く掘り出して明かりのもとで少し土を落としながら、ものを確かめた。少し土を払うと橙色の布のようなものが見えた。僕は、まさかと思った。


それはみるからにお守りのようであった。夢中になってついていた土を払って、懐中電灯を赤々と照らしてみた。不思議なことにそのお守りは、そこだけにあった粘土質の土の層に守られていたのか、土に埋もれていたとは思えないほどの実体を残していた。


そして橙色と思ったのは、辰砂色のお守りだった。そうだ、これは二月堂のお守り、そうだ、遥といっしょに買ったお守りだ。僕は急いで首にかけているペンダントを開けた。そこには遥と買った深い紫色のお守りが入っている。僕は、その二つのお守りを並べてみた。間違いない、このお守りは、遥のものだ。そこには 「智慧守」 と文字が見える。


 僕はそのお守りを作業着のポケットに大事にしまって、さらにその場所を掘りはじめた。慎重に薄皮をはぐように掘り進めた。更に数時間たち、空も明るくなりはじめた頃に、何か硬いものの感触を感じた。更に掘る・・・やはりだった。割れた鏡らしきものが出てきた。


僕は、その顔を出した半割れの鏡に、例の遥が見つけたという鏡のレプリカを並べてみた。確かに一部足りないところはあるが、割れ口はほぼ合いそうな形をしていた。


これだ、遥がどうしても見つけたかったもの、そして彼女なりに古文書にあるような輪廻を止めたいと思って探し続けたものなのだろう。しばらく、僕はその場で呆然としていた。手には二つのお守りを持ち、見つけた鏡はそこで手をつけずに専門家に委ねることにした。


 もう空は明るく朝の気配がこの藪の中の遺跡にも満ちていた。僕は、二つのお守りを大事にしまってひきあげようと立ち上がった。その時、「高山くん・・・・」 と遥の声が上の方から聞こえてきたような気がした。僕は木々の生い茂れる方向を訝しく眺めると、そこには薄くしかし僕にははっきりと、17歳の遥の笑顔が浮かんで見えた。あのキャンプファイアーで初めて話し、打ち解けたときの遥、彼女がきっとそこにいる、僕はそう確信した。


やがて微笑みながら、遥は「ありがとう・・・・」と呟くよう僕には聞こえた。「佐伯さん・・・・」僕はそのうっすらとした陽炎のような影に呼びかけた。その影はもう一度微笑みをくれて、目からは一粒の涙があふれ、朝の陽光がその涙に差し込んで明るく輝いた、と思ったときに、遥は消えた。

(続く)





第3話(最終回)に続きます。

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