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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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第7話「Fランク、初の単独討伐成功」

めっちゃ頑張ってカクヨムから移植しまくりました…。

左腕のしびれが完全に抜けたのは、翌々日の朝だった。


協会の医務室で「もう潜行していい」と言われて、蒼汰はその足で依頼ボードに向かった。迷わず一枚を引き抜く。


 F層・スライム(ミドロ)討伐×5体。報酬2500円。


最初の依頼だ。

第一日目に逃げ帰ってきた、あの依頼とまったく同じものだ。


(戻ってきた)


誰も見ていない。

悠も桜花も今日は別の依頼を入れていた。

一人だ。それでいい。これは一人でやらなければいけない気がした。


受付機にカードをタッチして、F層への階段を下りた。


カビのにおい。オレンジの魔石光。湿った土壁。


(ここから、俺は逃げた)


蒼汰は短剣を握って、通路を歩き始めた。



最初のミドロはすぐに見つかった。


通路の中央をぬるぬると這っている半透明の塊。

体内に赤い核が透けて見える。

体長30センチほど。個体としての強さはほぼない。

Fランクの象徴みたいなモンスターだ。


だというのに。


(……やっぱり少し、嫌な感じがする)


嫌な感じというのは恐怖ではない。

もっと淡い、「ここで俺は情けなかった」という記憶の残滓ざんしみたいなものだ。


蒼汰は深呼吸した。


ミドロが蒼汰を感知して、触手を伸ばしながらじわじわと近づいてくる。

のっそりした動きだ。

これに最初は怖気おじけづいていたのかと思うと、少し信じられない。


触手が届く直前、蒼汰は踏み込んだ。


「《影縫い》!」


ミドロの影が床に縫い付けられる。動きが止まる。3秒。


その3秒で短剣を核に押し当てて、砕く。

ミドロが光の粒子になって消えた。


1体目。


(……これだけか)


あの日は1体倒しただけで残り2体に追われて逃げた。

でも今の蒼汰には、逃げる理由がなかった。

痛みへの耐性もついたし、冷静に考える余裕もある。

ミドロ2体が同時に来ても、《影縫い》で1体を止めてもう1体を先に仕留めて、クールタイムの間に距離を取れば対処できる。


(最初からそうすればよかっただけだ。でも最初は、それすら見えていなかった)



2体目、3体目は順調だった。


4体目を探して奥の通路に入ったとき、少し広い空間に出た。

F層の「広間」と呼ばれる区画だ。

複数のミドロが生息しやすい場所で、壁際に3体いた。


個体としてはどれも普通のミドロだが、このうちの一体、一番奥の個体がひときわ大きかった。体長60センチ近く。核が2つある。


(ミドロの変異個体か。F層ではたまに出る、と悠が言っていた)


変異個体は核が2つある分、一度では倒せない。

1つ目の核を砕くと一時的に動きが活発化する厄介な性質がある。

協会の資料では「F層上位」扱いだ。


蒼汰は3体のうち普通の2体を先に処理した。


残るは変異個体1体。


(4体目兼5体目……いや、討伐カウントは2体分か。どちらにしろ、これを倒せば依頼達成だ)


変異個体のミドロは蒼汰を感知して、触手を3本同時に伸ばしてきた。

通常個体より明らかに速い。

1本が蒼汰の右腕をかすめる。

べたっとした粘質の感触が残って、腕が少しだけ動きにくくなった。


(粘液か。動きを鈍らせるタイプ)


蒼汰は下がりながら考えた。


(2つの核。片方を砕いたら動きが活発化する。でも《影縫い》で止めている間に両方砕ければ……いや、3秒で両方は無理だ)


(なら)


頭の中で昨夜試した「影を伸ばす」イメージが浮かんだ。


(影縫いで止めて、その隙に1つ目の核を砕く。活発化する瞬間に、すぐ2回目の影縫いを発動する。クールタイムは5秒。1つ目を砕くのに1秒かければ、残り2秒でクールタイムが明ける計算だ。ギリギリ間に合う)


やってみるしかない。


蒼汰は踏み込んだ。

変異個体が触手を束ねて薙ぎ払ってくる。

右に跳んで避けながら、影を踏む。


「《影縫い》!」


固定。


短剣を1つ目の核に突き刺す。砕ける音。


変異個体の動きが急に激しくなった。

影縫いの固定がわずかに揺らぐ。


(今だ、今すぐ――!)


「《影縫い》、もう一回――!!」


クールタイムが、ちょうど明けた。


2回目の固定が発動する。

変異個体の動きが再び止まる。3秒。


蒼汰は残った2つ目の核を、力を込めて砕いた。


変異個体のミドロが、光の粒子になって消えた。


静寂。


蒼汰は床に膝をついた。

粘液がついた腕が重い。

息が上がっている。


でも。


(……やった!)


討伐数:5体(変異個体含む)。

依頼:達成。


単独。

誰の助けも借りずに。


蒼汰はしばらく、広間の天井を見上げていた。


オレンジの魔石光が揺れている。

モンスターの気配はない。

静かだった。


(最初に逃げたとき、この場所がすごく遠くに感じた。こんな簡単なことすら俺にはできないって思った)


(でも今は)


蒼汰の右手に、うっすらと影が滲んだ。


指先から床に向かって、糸のように細い影が伸びている。

スキルを意識的に発動したわけじゃない。

気持ちが高ぶったとき、自然に出てきた。


影は1メートルほど伸びて、ゆっくりと消えた。


(お前も、俺と一緒に、少しだけ前に進んだのか)


言葉にすると馬鹿みたいだと思った。

でも蒼汰はそう感じた。



協会に戻って報告書を提出すると、朝倉さんが少し目を丸くした。


「単独で5体、変異個体含みで?」


「はい」


「……夜霧くん、少し変わりましたね」


「そうですか」


朝倉さんは判子を押しながら、何か言いたそうな顔をした。それから少し迷って、


「スキル診断、もう一回受けてみますか。最近スキルの成長が確認される時期に、初回から数週間以内に再診断をする冒険者が増えていて」


「再診断、できるんですか」


「非公式なんですが、ADR――深淵研究機構が協力してくれている。特に固有スキルに『判定不能』が出たケースについては、向こうも興味を持っているようで」


(深淵研究機構……業界では名前を聞くが、詳しくは知らない。でも《影縫い》が変わり始めているのは確かだ。専門家に見てもらえるなら)


「お願いします」と蒼汰は答えた。


朝倉さんは「来週の火曜に予約を入れておきます」と言って、報告書をファイルに挟んだ。


蒼汰は受け取った2500円の報酬を財布にしまいながら、帰り道を歩いた。


秋の夕暮れ。人通りの多い渋谷の街。

自分の影が、歩くたびに前後に揺れている。


(最弱のFランク。欠陥スキル。判定不能。笑われた。逃げた)


(でも今日、俺は最初に逃げた場所に戻って、逃げなかった)


(それだけで、今日は十分だ)


信号が赤になって、立ち止まった。


隣に並んだ知らない人の影が、蒼汰の影に少しだけ重なった。

蒼汰はそれを見て、ふと思った。


(影は、重なる。繋がる。伸びる)


(俺の《影縫い》は、まだ始まったばかりだ)


信号が青になった。


蒼汰は一歩、踏み出した。

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