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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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第6話「野本悠、置いてかれる前に」

「最近、橘さんと組んでるの?」


悠が聞いてきたのは、協会のロビーで依頼ボードを眺めているときだった。


蒼汰は「うん」と頷いた。


「昨日今日と一緒にやって、ガズ15体の依頼達成できた」


「ふーん」


悠はそれだけ言って、依頼ボードに視線を戻した。


(……いつもと違う)


蒼汰は少し気になった。

悠の「ふーん」はたいていもう少し軽い。

何かが引っかかったときみたいな、ちょっとだけ低いトーンだった。


「悠、なんか変じゃない?」


「変じゃない」


「なんか……」


「変じゃないって言ってる」


悠は依頼票を一枚引き抜いて、ぱっと蒼汰に背を向けた。

「E層の単独依頼取ったから、先に行くね」とだけ言って、さっさと出口に向かってしまった。


(……単独? 悠が単独で?)


いつもは蒼汰と一緒か、他の同期と組んで潜ることが多い。

悠が単独で潜ったのを、蒼汰は見たことがなかった。


(何かあったのかな?)


蒼汰は少し迷ってから、自分の依頼票を取らずに悠の後を追った。



E層の入り口で悠に追いついた。


「なんでついてくるの」


「心配だから」


「心配しなくていい。私だってEランク相当の実力はある」


「そういう問題じゃなくて」


悠が足を止めて振り返った。

少し怒った顔をしていた。

でも怒りより先に、なんか別の感情が滲んでいる気がした。

蒼汰にはうまく読めなかった。


「……蒼汰は最近、成長してるね」と悠は言った。


唐突な話の切り替えだった。


「え」


「Fランクのくせにガズ長に突っ込んで、橘さんと連携して15体倒して。変わったじゃん、この一週間で」


「そう、かな」


「そうだよ」


悠は少し間を置いた。


(なんで、こんなに胸がもやもやするんだろう、私)


蒼汰には悠の内心は聞こえない。

ただ、悠の横顔がいつもより少しだけ疲れて見えた。


「私はまだ、Eランクのまま。依頼達成数もそんなに変わってない。蒼汰が変わっていく速度に、なんか」


悠はそこで口を閉じた。


言いかけて、止めた。


「……なんかじゃない。なんでもない。行くね」


(悠…)


蒼汰は悠の袖を軽く掴んだ。

悠がびっくりした顔で振り返る。


「一緒に行こう」


「だから心配しなくて」


「俺が悠と一緒に行きたいんだよ。橘さんとも組んだけど、悠とはまだあんまり一緒に戦えてないから。俺の《影縫い》、最近少し変わってきたし、見てほしい」


悠はしばらく黙っていた。


それからふっと、いつものサバサバした顔に戻った。


「……しょうがないな」


袖を掴んでいた蒼汰の手を振り払って、先に階段を下りていく。

蒼汰は少し安心して、その後を追った。


(置いてかれる、とか思ったわけじゃない。全然思ってない)


(ただ、袖を掴まれたとき、少しだけ嬉しかったのは、まあ、黙っておく)


E層の奥、第三区画に差し掛かったとき、おかしな気配があった。


壁際に引っ付くように、何かが這っている音。

固い、鱗のようなものが石畳を擦る音。


悠が小声で「あれ」と言って、通路の角を顎で示した。


蒼汰は覗いて、息を止めた。


体長1メートル強の蜥蜴とかげ型モンスターが、壁に張り付いていた。

全身が鉄色の鱗で覆われていて、光を鈍く反射している。

尾の先端が微妙に揺れている。

目は黄色く、縦に裂けた瞳孔が蒼汰たちの方をじっと向いた。


鉄皮蜥蜴ダクロだ。


Dランク相当のモンスター。

鱗の硬さは並の短剣では傷つかない。

さらに尾の先端から毒液を飛ばす遠距離攻撃を持つ。

E層の上位区画に稀に迷い込んでくる危険個体で、協会は「発見した場合は無理に戦わず報告すること」と指針を出している。


(Dランク……今の俺たちには早い)


「退こう」と蒼汰は悠に耳打ちした。

悠も頷いた。


二人で静かに後退しようとした、その瞬間。


蒼汰の踏んだ石が、小さくカタンと鳴った。


ダクロの頭が、ぴたりとこちらを向いた。


黄色い目と、視線が合った。



ダクロが跳んだ。


壁を蹴って、天井を経由して、一瞬で距離を詰めてくる。

速いっ!オヤジとは比べ物にならない機動力だ。


悠が咄嗟に風刃を放った。

刃状の風がダクロの鱗を削るが、深くは入らない。

Dランクの鱗は伊達じゃなかった。


ダクロの尾が振れた。


毒液の飛沫が、悠に向かって飛ぶ。


「悠、伏せて!」


蒼汰が悠の前に出た。

盾になれるだけのものは何もない。

でも咄嗟に体が動いた。


毒液が蒼汰の左腕をかすめた。


熱い。

腕の皮膚が焼けるように熱い。

毒か。毒が入ったのか。

痺れが、肘から肩に向かって這い上がってくる。


(痛い……でも、まだ動ける)


ダクロが次の跳躍に移ろうとした。

今度は蒼汰を狙っている。


蒼汰は痺れる左腕を引きずりながら、ダクロの影を見た。

鉄皮の体に比べて影は普通だ。

床に長く伸びている。


(届くか? 3メートル近くある。影縫いの届く距離ギリギリだ)


(でも――昨日、影は「伸ばせた」)


(俺の意志で、影を、もう一歩だけ伸ばせ)


右手を前に突き出して、全神経を影の先端に集中した。


「《影縫い》――!!」


蒼汰の影が、床を這って、一センチ、二センチ、伸びた。ダクロの影の端に、かろうじて触れた。


ダクロの跳躍が、止まった。


3秒。


悠が叫んだ。


「《風刃》、連射!!」


同じ箇所に三連続で風刃が直撃した。

鱗の継ぎ目、首の根元。そこだけ鱗が薄い。三発目が核に届いた。


ダクロが光の粒子になって、弾けた。


静寂。


蒼汰は膝をついた。

左腕の痺れがひどくなっている。

視界がじわりと滲んだ。


「蒼汰!」


悠が駆け寄ってきた。

蒼汰の左腕を掴んで、傷口を見る。

毒の痕が、皮膚に赤く残っていた。


「解毒剤、持ってる?」


「……ポーチに」


悠が素早くポーチを開けて、解毒剤の小瓶を見つけた。

キャップを開けて傷口に当てる。

冷たい感覚が広がって、痺れが少しずつ引いていく。


悠の手が震えていた。


(悠……)


「バカ」と悠は言った。低い声だった。


「なんで前に出るの。盾でもないくせに。死ぬかと思った!」


「悠が毒に当たる方がまずいと思って」


「私の方が反応速度速いかもしれないじゃん!」


「そうかもしれないけど、でも」


「でも、なに!?」


(なんで咄嗟に動いたのか、うまく言えない。ただ悠に当たってほしくなかっただけだ)


「……悠が傷ついてほしくなかった」


悠は手を止めた。


しばらく蒼汰の顔を見ていた。

何かを言いかけて、止めた。また言いかけて、また止めた。


最終的に、


「……馬鹿」


とだけ言って、傷口に解毒剤を押し当てる作業に戻った。


(怒ってる。怒ってるよな)


(でも、悠の手が、さっきより震えてない気がする)


(置いてかれるとか、思ってない。全然思ってない)


(ただ、こいつは、本当に、心臓に悪い)



協会に戻って毒の応急処置を受けながら、蒼汰は朝倉さんにダクロ発見の報告をした。朝倉さんは「よく生きてましたね」と言った。褒め言葉ではなかった。


帰り際、悠が蒼汰の隣に並んで、ぼそっと言った。


「《影縫い》、伸びてたね」


「え」


「さっき、ダクロに届かせたとき。いつもより遠かった。気づいてた?」


蒼汰は少し考えてから「なんとなく」と答えた。


悠は「そっか」と言った。それから少し間を置いて、


「……やっぱり、蒼汰のスキル、面白いと思う」


と言った。


最初に覚醒試験で「きれいだな」と言った蒼汰に、自分が最初に好意を持ったのは、そういう理由だったと悠は思い出していた。でもそれは黙っておく。まだ、言わなくていい。


二人で夕暮れの渋谷を歩いた。


いつも通りの、ただの帰り道だった。


(悠が隣にいると、なんか落ち着く)


(ずっと、こういう感じでいられたらいいな)


蒼汰は左腕の痺れが完全に引いたのを確認しながら、そんなことを思っていた。

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