第5話「炎と影、不格好な連携」
E層に入った瞬間から、空気がぎこちなかった。
蒼汰と桜花は並んで歩いていたが、お互いほとんど話していない。
悠がいないと、こんなに無言が続くとは思わなかった。
蒼汰が「今日はよろしくお願いします」と言ったら、桜花は「うん」とだけ返した。それきりだ。
(苦手なのかな、俺)
そんなことを考えながら歩いていたら、最初のガズを見つけた。
通路の交差点に2体。
個体名のついていない雑兵タイプだ。
蒼汰は咄嗟に立ち止まって桜花に目で合図を送った。
桜花がわずかに頷く。
蒼汰が先に動いた。走り込んで、床に伸びるガズの影に向けて叫ぶ。
「《影縫い》!」
1体の動きが止まる。3秒。
桜花が後ろから炎拳を放った。
――が、そこで問題が起きた。
炎が床に着弾した瞬間、熱波が広がって、蒼汰が縫い止めていたガズの「影」がゆらいだ。炎の光が影の形を変えてしまったのだ。影縫いの固定が、2秒で解けた。
ガズが動き出して、蒼汰の肩口を爪で引っ掻く。
「痛っ……!」
「なにやってんの、固定してよ」と桜花が言った。
「炎で影が消えたんです!」
桜花は少し眉をひそめた。
それから何かを考える顔をした。
(炎の光で影が乱れた。そうか、光源が増えると影の形が変わる。基本的なことだ。俺が気づくべきだった)
悔しいが反省は後だ。
蒼汰は肩の傷を無視して体勢を立て直し、もう1体のガズに向き直った。
◆
2体目、3体目と倒していくにつれて、問題は明確になってきた。
桜花の《炎拳》は強い。
直撃すればガズ程度なら一撃で仕留められる。
でも近距離でしか使えない。
桜花自身が前に出るか、相手をおびき寄せるかしなければならない。
一方で蒼汰の影縫いは、「影と影が接触する距離」でしか発動できない。
つまり二人とも近距離型だ。
(遠距離支援の悠がいないと、こんなに前が詰まるのか)
4体目を倒した後、桜花が立ち止まった。
「このやり方、効率が悪い」
「……ですね」
「あんたの影縫い、距離はどのくらいまで届く?」
「自分の影と相手の影が繋がれば、だいたい2〜3メートルくらいまでは」
桜花はしばらく黙って考えていた。
蒼汰も考えた。
(炎の光が邪魔になる。でも逆に言えば、炎がない方向に影は伸びる)
(光源と反対側に、影は長くなる)
「橘さん」と蒼汰は言った。
「炎を横から当ててもらえますか。正面じゃなくて、右か左から」
「なんで?」
「炎の光が横から来れば、モンスターの影は反対側、つまり俺の方向に伸びます。そこを縫えば固定時間が延びる」
桜花は一瞬目を細めた。
値踏みするような目ではなく、今度は少し違う、何かを確かめるような目だった。
「……やってみる」
◆
5体目で試した。
ガズが一体、通路の中央に現れた。個体名「ガズ・ナル」、一般的な戦闘型だ。
桜花がガズの右側から回り込んで、手のひらに炎を灯す。
「《炎拳》!」
直撃ではなく、わざと右側の壁に向けて炎を当てた。
ぱっと光が広がって、ガズの影が左側に長く伸びる。蒼汰のいる方向に。
「《影縫い》!!」
影を踏んだ瞬間、縫い付ける。
ガズが動きを封じられる。
今度は3秒、きっちり止まった。
桜花が踏み込んで核を一撃で砕く。
ガズが光の粒子になって消える。
静寂。
炎が影を作り、影が動きを縫い止め、炎が仕留める。
蒼汰と桜花の技が、初めて、きれいに噛み合った。
蒼汰は思わず「やった!」と呟いた。
桜花は何も言わなかった。
ただ、次のガズを探すように顔を上げた。
その横顔に、ほんのわずかだけ、口の端が動いた。
(笑った? 今、笑ったか?)
(……気のせいかな?)
◆
残り10体は、新しい連携で一気に進んだ。
途中、群れの中に見慣れない個体が混じっていた。
通常のガズより細身で、動きが素早い。
右手に短い骨製の槍を持っている。
群れの中で斥候役を担う「ガズ二番槍」だ。機動力が高く、単体での討伐難度はEランク中位に相当する。
ニバリが蒼汰に向かって槍を突き出した。
速い。昨日のガズ長オヤジの突進よりも速い。
蒼汰は避けきれなかった。
だが。
ニバリの槍が蒼汰の脇腹をかすめる、
その一瞬前、桜花の手が蒼汰の肩を引っ張った。
ぐっと後方に引き倒すような力で。
蒼汰はバランスを崩しながら後退して、槍の先が空を切った。
そのまま桜花がニバリの懐に飛び込む。
「炎拳!」
至近距離での一撃。
ニバリが吹き飛んで、核が砕ける。
蒼汰は尻もちをついた状態で、桜花の背中を見た。
(……今、俺を引っ張ったのか)
(咄嗟に、庇ってくれたのか)
桜花は振り返らなかった。
手についた煤を払って、何事もなかったように次を探している。
「ありがとうございます」と蒼汰は言った。
「別に」と桜花は言った。
「またですね、その返事」
桜花が少しだけ振り返った。
眉が少し上がっている。
「なにが?」
「昨日も『別に』って言ってたじゃないですか。ありがとうって言ったら」
「……気にしなくていい」
「気になります」
(言ってから、余計なことを言ったかなと思った。でも桜花は怒らなかった)
ただ、またそっぽを向いて、小さな声で、
「……次、行くよ」
とだけ言った。
(耳が、また赤い気がする)
(今度こそ気のせいじゃないと思うけど、多分言ったら怒られる)
蒼汰は立ち上がって、桜花の隣に並んだ。
依頼票のガズ討伐数、残り5体。
二人の影が、壁の魔石光に照らされて並んで伸びていた。炎の橙と、暗がりの黒と。
(不格好だけど)
(悪くない)
◆
依頼達成後、二人で協会の受付に報告書を提出した。
窓口で並んで立って、朝倉さんに二人分の判子を押してもらった。
報酬は二人合計で7500円。
蒼汰の取り分は3750円。昨日より圧倒的にいい。
帰り際、自動ドアの前で桜花が立ち止まった。
「連携、悪くなかった」
ぼそっと、前を向いたままそれだけ言った。
蒼汰は少し驚いてから、「ありがとうございます」と言った。
「だからそれを言うな」と桜花は言って、先に外へ出た。
(照れてる? 絶対照れてるよな)
(……でも指摘したら怒られる。黙っておこう)
蒼汰は苦笑して、自動ドアをくぐった。
秋の夕方の空に、二人の影が長く伸びた。
さっきまでダンジョンの中にいたのが嘘みたいに、普通の街の普通の夕暮れだった。
蒼汰はふと思った。
(炎があるから、影が伸びる)
(橘さんと一緒にいると、俺の《影縫い》がもっと遠くまで届く気がする)
根拠はない。でも確信があった。
――それはきっと、スキルの話だけじゃなかった。




