表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/25

第4話「欠陥スキルの、本当の名前」

帰り道がしんどかった。


横腹をガズに殴られた箇所が、歩くたびに鈍く痛む。

肋骨は折れていないと思いたいが、自信はない。

悠に「病院行けば」と言われたが、今月の財布事情では難しかった。痛み止めだけコンビニで買って、部屋に戻った。


飯を食って、シャワーを浴びて、横になった。


天井を見る。


(逃げなかった。今日は逃げなかった)


それだけで、今日は十分な気がした。

討伐数は5体。ガズ長オヤジも含めれば実質6体。

依頼達成は桜花の助けがあってのことで、一人だったら無理だっただろう。

でも昨日の蒼汰と比べれば、確実に前に進んでいた。


(足りない。でも、足りないなりに、一歩進んだ)


電気を消す前に、壁に手をかざした。

オレンジの常夜灯に照らされて、自分の影が壁に映る。


影縫い、と念じた。


影がぴたりと止まる。

蒼汰が手を動かしても、壁の影だけが静止している。3秒。


(昨日、端が剥がれかけた。今日も、できるか?)


集中する。

スキルを発動したまま、影の「端」に意識を向ける。

縫い止めるんじゃなく、引き伸ばすイメージで。

糸をほどくんじゃなく、糸をもう一本、伸ばすイメージで。


3秒が経過して、影が追いかけてくる。


また発動。また集中。また3秒。


十回繰り返した頃だった。



影が、動いた。


蒼汰の意志に引っ張られるように、固定されたはずの影の端が、にじむように一センチだけ伸びた。

蒼汰の手は動かしていない。

スキルで縫い止めているはずの影が、蒼汰が「伸びろ」と念じた方向へ、わずかに形を変えた。


(……嘘だろ)


心臓が速くなった。


もう一度。

今度はもっとはっきり「伸びろ」と念じながら発動する。


影の端が、二センチ動いた。


固定するだけじゃない。

縫い止めるだけじゃない。

――この影は、俺の意志で、動かせる。


蒼汰はしばらく壁の影を見つめたまま、動けなかった。


(《影縫い》。影を縫い止める、じゃなくて)


(影を、縫う。針で布を縫うみたいに、影を自在に扱う、ってことじゃないのか)


欠陥スキルと言われた。

前例がないと言われた。

成長可能性「判定不能」と書かれた。


でも今、蒼汰の指先から伸びた影が、まるで糸のように、壁の上を這っていた。


(これが……お前の本当の名前か)


痛み止めが効いてきたのか、横腹の痛みがだいぶ引いていた。

蒼汰はそのまま気づかないうちに眠っていた。

手の影が、壁の上でゆっくりと消えるまで、誰も見ていなかった。



翌朝、協会に行くと桜花がいた。


ロビーの隅、依頼ボードの前に腕を組んで立っていて、蒼汰が入ってきた瞬間にまっすぐこちらを見た。


(待ってたのか?)


そんなわけはないと思った。たまたまだろう。

蒼汰は軽く会釈して依頼ボードに向かおうとした。


「夜霧」


名前を呼ばれた。

驚いて振り向く。

昨日名乗っただけなのに、ちゃんと覚えていてくれたらしい。


「一つ聞いていい?」


「……なんですか?」


桜花は少し間を置いた。

視線が蒼汰の横腹の辺りをちらっと見て、また顔に戻った。


「昨日、なんで逃げなかったの?」


(ああ、そこか)


蒼汰は少し考えてから、正直に答えた。


「逃げるつもりでした。でも、ある人に言われたことがあって」


「何を?」


「生きてるうちに強くなれ、って」


桜花はしばらく黙っていた。

蒼汰の顔をじっと見ていた。

値踏みするような目ではなく、今度は少し違う、何かを確かめるような目だった。


「……その人、誰?」


「霧島澪さんです」


桜花の目が、わずかに丸くなった。


「霧島さん、知ってますか?」と蒼汰が聞くと、桜花はそっぽを向いて「知ってる」とだけ言ってそれ以上は話さなかった。


(橘さんも、霧島さんを知ってるのか。そりゃそうか。Sランクだもんな)



沈黙が続いて、少し気まずくなってきた頃、桜花が依頼ボードに向き直った。

何枚か依頼票を眺めてから、一枚引き抜いて蒼汰に差し出した。


「E層・ガズ討伐×15体」の依頼票だった。


蒼汰は思わず桜花の顔を見た。


「組む?」と蒼汰が言うと、桜花はちょっと間を置いてから、


「一人だと達成数が足りないだけ」


と素っ気なく答えた。


(そうか。それだけの話か)


蒼汰は依頼票を受け取った。


(それだけの話、なんだよな)


桜花はもう蒼汰を見ていなかった。

装備を確認しながら出口に向かっている。

蒼汰はその後ろ姿を一秒だけ見てから、慌てて並んで歩いた。


協会のガラス戸が開いて、秋の朝の空気が入ってきた。


横並びに歩きながら、蒼汰はなんとなく言った。


「昨日、助けてくれてありがとうございました!」


桜花は前を向いたまま、少し間を置いて、


「別に…。」


とだけ答えた。


(耳が赤い気がする。気のせいかな)


(まあ、気のせいだろう)


蒼汰は横腹の鈍痛を確認しながら、今日も《深淵》に向かって歩いた。


昨夜、動いた影のことを思い出した。


(欠陥スキルの、本当の名前)


(まだわからない。でも、絶対にある)


空は秋晴れで、蒼汰の影が地面に長く伸びていた。

その影の端が、風もないのに、かすかに揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ