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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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第3話「暴走する群れと、逃げない理由」

E層《深淵》の入り口は、渋谷駅から徒歩八分の路地裏にあった。


普通のシャッター街に見えるが、突き当たりの錆びた扉を開けると、そこから地下へ続く石造りの階段が現れる。入口脇には「E層・協会管理区域」という青い看板がかかっており、受付機に冒険者カードをタッチすれば潜行記録が自動で残る仕組みだ。


蒼汰と悠は並んでカードをタッチして、階段を下りた。


「ガズ10体ね」と悠が手元の依頼票を見ながら言った。


「私が遠距離で削って、蒼汰が《影縫い》で止めて仕留める。でいい?」


「それ……俺が仕留める部分、できるかな…」


「やるしかないじゃん」


(正論すぎる)


E層の空気はF層より少し重い。

天井が高くなった分、奥行きの感覚が変わって、暗さの質が違う。

足元の魔石光が青白く、F層のオレンジより冷たい雰囲気だ。


(落ち着け。昨日と今日は違う。今日は逃げない)


蒼汰は短剣を握って、自分の影を一度だけ見た。

ぴったりと床に貼り付いている、自分の影。


(お前に頼むぞ)



最初の5体は、順調だった。


悠の《風刃》が遠距離から1体のガズの動きを乱し、蒼汰が走り込んで影縫いを発動。3秒の拘束の間に短剣を核に当てて討伐。それを繰り返した。


連携は不格好だったが、成立はしていた。


(できる。ちゃんと、できる!)


5体目を倒した時点で、蒼汰の息は上がっていた。

慣れない戦闘で体力が思ったより削られている。

悠は「ペース配分して」と言った。

蒼汰は「わかった」と答えて、少し立ち止まって深呼吸した。


そのときだった。


通路の奥から、足音が来た。


一つじゃない。二つでも三つでもない。ぞろぞろと、複数の気配が近づいてくる音。


悠が「え」と言った。蒼汰も「え」と思った。


角を曲がって現れたのは、ガズが十二体だった。


しかも先頭に、見たことがない個体がいた。


通常のガズより頭一つ大きい。

体の傷が多く、古い。

目の色が濁った黄金色で、知性の光が宿っている。

首から下げているのは、小さな骨のかけら。

群れを束ねる証の、ガズオヤジだ。


(ガズ長……E層の中でもランク上位の個体じゃないか)


背中が冷えた。


昨日のガズ8体すら、霧島澪が一人でいなければ死んでいたのに。今は霧島澪がいない。いるのは悠と、最弱の自分だ。


(逃げるか?)


(逃げるか、逃げるか、逃げるか――)


脚が動こうとした。本能が「逃げろっ!」と叫んだ。


でも。


(生きてるうちに強くなりな)


その声が、頭の中に響いた。


(今日は逃げない、って、決めたんだろうがっ!)


蒼汰は足を止めた。



「悠、下がって!」


「は? 蒼汰、無理だって、数が――」


「下がってくれ。後ろから援護だけしてほしい」


悠は一瞬黙った。蒼汰の顔を見た。


それから短く「……わかった」と言って、三歩下がった。


(ありがとう、悠)


蒼汰は正面のガズ長・オヤジを見据えた。オヤジはゆっくりと前に出てきた。取り巻きのガズたちが左右に広がる。包囲しようとしている。知能がある行動だ。


(3秒。《影縫い》の固定時間は3秒だ。クールタイムは5秒)


(オヤジ1体に使えば、残りの11体は動き続ける。でもオヤジを仕留めれば群れが乱れるかもしれない)


蒼汰は走り出した。


オヤジが迎撃のために腕を振り上げる。その影が、床に長く伸びている。

蒼汰は距離を詰めながら叫んだ。


「《影縫い》!!」


オヤジの影が、ぴたりと止まった。

同時に、オヤジ本体の動きが拘束される。3秒。3秒だけ。


蒼汰は全力で踏み込んで、短剣をオヤジの核に向けて突き出した。


――刺さった。


核が砕ける音がして、オヤジが光の粒子に変わる瞬間、取り巻きの1体が蒼汰の横腹に腕を叩き込んだ。


痛い。

痛い痛い痛い痛い――!

肋骨が軋む音がした気がした。

吹き飛んで壁に叩きつけられた。

視界が白くなって、息が出てこない。


(立て……立てよ、俺っ!)


群れが乱れていた。オヤジを失ったガズたちが、方向を失ってざわめいている。でも完全に崩れてはいない。残り11体。いくつかはまだ蒼汰に向かってくる。


悠の《風刃》が連続で飛んで、3体の動きが乱れる。


(立て……! まだ終わってない!)


蒼汰は壁を背に立ち上がった。横腹が燃えるように痛い。短剣を握る手が震えている。でも立った。


そのとき。


通路の向こうから、何かが飛んできた。


炎だった。


小さな炎の塊が、ガズの1体に直撃して、弾けた。ガズが吹き飛んで光の粒子になる。続けて二発、三発。炎の連射。


通路の奥に、人影があった。


小柄な体格。オレンジがかった茶色のショートボブ。緑色の目。両手に炎を纏わせた少女が、蒼汰と悠を一瞥して、残ったガズの群れに向き直った。


「なんか、やばそうなの聞こえたから」


低い声で、素っ気なく言った。


炎拳えんけん!」


踏み込んで、ガズの核を一撃で砕いた。残りのガズが散り始める。悠の風刃と少女の炎拳が連続して飛んで、あっという間に群れが崩壊した。


気づけば、通路には蒼汰と悠と、その少女だけが残っていた。



少女は蒼汰を見下ろした。蒼汰は壁にもたれてへたり込んでいた。


「怪我してる」


「……大丈夫です」


「大丈夫そうに見えない」


しばらく沈黙があって、少女はそっぽを向いた。


「ガズ長に突っ込んだの、あんた?」


「……はい」


「馬鹿じゃないの」


「ですよね」


「でも仕留めた」


(それだけ言って、少女は黙った)


悠が「橘さんじゃん」と言った。

少女と知り合いらしい。

少女、橘桜花たちばなおうかは「野本か」と短く返した。


桜花はもう一度蒼汰を見た。どこか値踏みするような目だった。


「名前は?」


「夜霧蒼汰です」


「スキルは?」


「《影縫い》。影を3秒固定します」


桜花は少し眉を動かした。何かを考えているように見えた。


「ふーん」


それだけ言って、桜花はかかとを返して歩き出した。


(なんだ、あの子)


蒼汰は横腹を押さえながら、桜花の後ろ姿を見ていた。

炎の使い手。小柄なのに爆発的な力がある。

そして、なぜか「馬鹿じゃないの」と言いながら、「でも仕留めた」とも言った。


(あの子は今、どんな気持ちで俺を見ていたんだろう)


蒼汰には気づかなかった。


桜花が廊下の角を曲がる直前、一度だけ振り返って、蒼汰の方を見ていたことに。


そしてその目が、怒りでも軽蔑でもなく、どこか――安堵に近い色をしていたことにも。

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