閑話2「光刃《こうじん》の意味を、俺はまだ知らなかった」― 黒瀬慧の過去
黒瀬慧は、生まれたときから「できる子」だった。
勉強は学年トップ。運動神経も良い。
人の顔色も読める。
何をやっても一定以上の結果が出た。
褒められることに慣れていたし、期待されることにも慣れていた。
だから、冒険者になることも、当然のように決まっていた。
(父親の後を継ぐ。それが黒瀬家の長男の役目だ)
黒瀬統哉はAランク冒険者だ。
業界では名の知れた実力者で、テレビに出たこともある。
自慢の父親だった。同時に、慧にとっては「超えなければならない壁」でもあった。
覚醒試験の前夜、父は慧の肩に手を置いてこう言った。
「お前なら必ずいいスキルが出る。黒瀬の血だからな」
(その言葉が、プレッシャーにしかならなかったことを、父はわかっていたのだろうか)
◆
覚醒試験の当日、慧のスキルは《光刃》だった。
光属性の攻撃系スキル。
希少性が高く、速度に特化した斬撃を放てる。
試験官が「これは優秀だ」と言った。
周りが「さすが黒瀬」と言った。
慧は「ありがとうございます」と答えた。
(嬉しかった。それは本当だ)
(でも同時に、少し怖かった)
期待に応えたことへの安堵と、「これで当たり前だ」と思われることへの疲れが、ほぼ同時に来た。慧は自分がそういう人間だと知っていた。
結果を出しても、次の期待が上書きされるだけだ。ゴールがない。
そのとき、隣の列で少し騒ぎがあった。
「影を3秒固定? 欠陥じゃない?」
振り返ると、黒髪の癖毛の男が診断書を見つめていた。
夜霧蒼汰という名前は、確か席順が近かったので知っていた。
嘲笑を受けながら、怒るでも言い返すでもなく、ただ書かれた文字を見つめていた。
(笑われてる。でもあいつは、笑い返していない)
慧は自分が《光刃》だと分かったとき、どんな顔をしていたか、そのとき初めて考えた。多分、安堵の顔だった。
喜びじゃなく、安堵。
「良かった、期待を裏切らなかった」という顔。
(俺は、自分のスキルを好きだと思ったことが一度もない)
夜霧蒼汰は、診断書を胸に抱えて黙っていた。
その横顔には、悔しさと、それ以上に何か別のものがあった。
(何を見ていたんだ、あいつは)
◆
数週間後、慧はEランクに昇格した。父は「当然だ」と言った。
慧は「はい」と答えた。
その夜、慧は自室で《光刃》を一人で発動した。指先から光の刃が伸びる。
鋭い。速い。きれいだ。
だが慧は、それを見ながら思った。
―― 俺は、このスキルで何がしたいんだろう。
答えは出なかった。
翌日、協会のロビーで夜霧蒼汰を見かけた。
報告書に書かれた討伐数は「1体」だった。Fランク。最底辺。でもあいつの目は、昨日より少し違った。
慧は思わず声をかけた。
「使い方次第、かもな」
蒼汰が意外そうな顔をした。
慧は自分でも驚いた。
そんなことを言うつもりじゃなかった。
(俺はあいつに言ったんじゃない)
(俺自身に、言ったのかもしれない)
《光刃》の使い方も、慧はまだ本当の意味では知らなかった。
父の期待に応えるためじゃない、自分だけの使い方を。
黒瀬慧が「自分の答え」を見つけるのは、もう少し先の話だ。




