第19話「Eランク昇格試験・再挑戦。《影鎖》で合格」
再試験の朝、蒼汰は五時に目が覚めた。
別に緊張していたわけではない。
たぶん。ただ、眠れなくなっただけだ。
(嘘だ。緊張してる)
布団の中で天井を見ながら、今日やることを頭の中で整理した。
ミドロ討伐。いつも通り。問題なし。
ガズ討伐。いつも通り。問題なし。
ダクロ討伐。今日は違う方法でやる。
(「五点縛り」。ダクロの四肢と尾を、影鎖で同時に縛り上げる)
先週から毎日練習してきたことだ。
影鎖を五本同時に操作する。
それぞれを別の標的に向ける。
今はまだ五本同時は難しく、四本が限界だが、ダクロの場合は尾さえ封じれば毒液の脅威が消える。四肢のうち前足二本と尾の三本縛りでも十分なはずだ。
(魔力管理は徹底する。今日は試験前に一切スキルを使わない。朝の訓練も槙さんに体術だけにしてもらった)
六時に起きて、軽く体を動かした。
コーヒーを一杯飲んで、装備を確認した。
協会に向かう途中、スマホに悠からメッセージが来た。
「今日、再試験だっけ。まあ頑張れば」
(「まあ頑張れば」。悠の応援の言葉だ。これでいい)
蒼汰は「行ってきます」と返した。
◆
試験官はまた瀬戸晴彦だった。
顔を見た瞬間、蒼汰は少しだけ身が引き締まった。
前回失格にした人物だ。
でも今回は違う。
今回は準備がある。
「夜霧蒼汰。再試験だな」と瀬戸は言った。
表情は前回と変わらない。
無表情。淡々としている。
「はい。よろしくお願いします」
「同じ内容だ。三種討伐、単独。始める」
◆
ミドロは三十秒で終わった。
影を縫い止めて、核を砕く。
体の動きに無駄がなくなっていた。
一ヶ月前の蒼汰と今の蒼汰は、同じスキルを使っていても、別人のように動いていた。
瀬戸は何も言わなかった。
記録板に書き込んだだけだ。
ガズ・ソムは少し手間取った。
素早い個体で、一度《影縫い》が外れた。
でも焦らなかった。
外れたならもう一度。
クールタイム五秒の間、距離を保って様子を見て、次の発動で確実に捉えた。
瀬戸が「二体目」と記録した。
(魔力残量……まだ八割以上ある。問題ない)
D区画の境目に来た。
ダクロはすぐに見つかった。
壁際に張り付いて、鉄色の鱗を光に光らせている。
前回と同じ個体かどうかはわからないが、サイズは似ている。
蒼汰は立ち止まって、息を整えた。
(今日は、最初から影鎖を使う。先手を取る。ダクロが動く前に、縛り上げる)
(距離は五メートル。影鎖の射程は今の俺で最大二メートル少し。届かない。だから近づく必要がある)
(近づく過程で毒液を飛ばしてくる可能性がある。そこが一番のリスクだ)
蒼汰は右手に意識を集めた。
影鎖を「準備状態」にする。
発動はまだしない。
ただ、いつでも出せる状態にしておく。
一歩、二歩と近づいた。
ダクロが気配を感知した。
頭がこちらを向く。
尾が揺れ始める。
三歩目を踏み込んだ瞬間、ダクロが尾を振った。毒液が飛ぶ。
蒼汰は右に跳んで避けた。
前回と同じ動きだ。でも着地の瞬間が違う。
着地と同時に、右手から影鎖を放った。
「《影縫い》――《影鎖》、三本!!」
影鎖が三本、同時に伸びた。
一本目がダクロの右前足に巻きつく。
二本目が左前足を捉える。
三本目が尾の根元を縛り上げた。
ダクロの動きが、止まった。
四肢のうち前足二本と尾が封じられ、体勢が崩れた。
横に倒れかけながら、後ろ足だけで踏み留まっている。
三秒。
蒼汰は踏み込んだ。今度は迷わない。
ダクロの首の根元、鱗の継ぎ目。
前回覚えた場所に、短剣を一直線に突き込んだ。
核に、届いた。
ダクロが光の粒子になって消えた。
影鎖が霧散した。
静寂。
蒼汰は息を吐いた。
膝が震えていなかった。
腕も震えていなかった。
(……やった)
(魔力残量……六割弱。問題ない。十分余っている)
後ろから瀬戸の足音がした。
瀬戸は記録板をしばらく見ていた。
それから、ペンを取って何かを書いた。
「三体目、討伐確認」と瀬戸は言った。
少し間を置いて、「魔力管理、問題なし。判定――」
(来る)
「合格」
たった一言だった。
蒼汰は「はい!」と答えた。
それだけだった。
跳び上がって喜ぶとか、声を上げるとか、そういうことはしなかった。
ただ、胸の奥にじわりと熱いものが広がって、それがしばらく消えなかった。
(Eランク。なった…!)
(まだFランクからEランクになっただけだ。でも、一段上がった)
◆
出口に向かって歩きながら、瀬戸が後ろから言った。
「影鎖を三本同時に操作していたな」
「はい。今週練習してきました」
「先週は一本すら使えなかったはずだが」
「先週の試験中に、初めて出てきたスキルで」
瀬戸は少し黙った。
それから、「一週間で三本同時操作まで持っていったのか」と言った。
「槙さんに指導してもらいました」
「神楽か」と瀬戸は言って、それきり黙った。
出口の階段を上がりながら、蒼汰は少し振り返った。
瀬戸は記録板を見ながら歩いていた。
無表情だが、どこか満足そうな、そんな気がした。
気のせいかもしれない。
(瀬戸さんは、昔の槙さんの仲間だ。槙さんをADRの前で待っていた。今は試験官をしている。この人も、誰かに拾われた人なのかもしれない)
地上に出た。
秋の昼の空気。少し風がある。
蒼汰はスマホを出して、悠にメッセージを送った。
「合格した」
すぐに返信が来た。
「そう。よかったじゃん」
それだけだった。
でも十秒後にもう一件来た。
「お祝いにご飯おごってあげてもいいよ?」
(どっちが奢るんだ)
蒼汰は思わず笑った。
次に槙にメッセージを送ろうとして、やめた。
直接言った方がいい気がした。
明日の朝の訓練のときに、直接報告しよう。
(槙さん、合格しました。って言ったら何て言うだろう)
(「当然だ」か、「悪くない」か、それとも「次の課題を教えてやる」か)
(どれでもいい。どれでも、嬉しい気がする)
協会に向かって歩き出した。
Eランクの登録手続きがある。
カードの更新もある。
やることが、また増えた。
(次はDランク。その次はCランク。Cランクに上がれば、霧島さんがいる層に入れる)
(まだ遠い。ずっと遠い。でも今日、一歩進んだ)
空が高かった。
秋の青い空に、蒼汰の影が地面に伸びていた。
影の端が、かすかに揺れた。
まるで「よくやった」と言うように。
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