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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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閑話5「拾ってもらったぶんは、返す」― 神楽槙の誓い

槙は夜、一人で飲む習慣があった。


酒は強くない。

缶ビール一本を一時間かけて飲む程度だ。

酔いたいわけじゃない。

ただ、一日の終わりに少しだけ、誰かと話すような時間が欲しかった。

話し相手はいないので、飲みながら考える。

それが槙の夜の過ごし方だった。


今夜は夜霧蒼汰のことを考えていた。


(あいつ、影の鎖を出した)


朝の公園で見せてもらったあれは、正直、予想より早かった。

スキルの「生成段階」に至るには、通常半年から一年かかる冒険者が多い。

蒼汰は登録からまだ三週間も経っていない。


(才能か、それとも目的の力か)


缶ビールを一口飲んだ。


(どっちでもいい。どっちにしても、あいつは伸びる)


窓の外に、渋谷の夜景が広がっていた。

槙のアパートはそれほど高い場所ではないが、路地を挟んだ向こうに、街の光がにじんで見えた。


倉橋元くらはしはじめのことを思い出していた。


いつも、こういう夜に思い出す。



槙が十七歳の頃の話だ。


覚醒して《剛拳》を得たのはいいが、使い方がわからなかった。

ただ強く殴るだけのスキルだと思っていた。

試験でも「平均的な攻撃型」と評価されて、それ以上でも以下でもなかった。


家族とは仲が悪かった。

家にいる理由もなかった。

だから夜の渋谷をうろうろしていた。

特に目的もなく、ただ時間を潰していた。


ある夜、路地裏でうずくまっていたら、声をかけられた。


「何してんだ、こんなとこで?」

振り返ると、五十代くらいの男が立っていた。

がっしりした体格。

短い白髪。

顔に傷が一本。

冒険者の装備を担いでいたが、今は依頼帰りらしく疲れた顔をしていた。


「飯、食ったか」


「……食ってない」


「そうか。来い」

それだけだった。


名前は倉橋元。Aランクの冒険者だった。

当時すでに引退寸前だったが、まだ現役で動いていた。


なんで声をかけたのかと後で聞いたら、「目つきがよかったから」と言った。


(目つき)


槙はそのとき、自分の目がどんな目をしているのか全くわからなかった。

ただ蹲っていただけだ。でも倉橋には何かが見えたらしかった。


その夜、近くの定食屋で飯を食った。

倉橋は何も聞かなかった。

家のこと、家族のこと、これからのことを、何一つ聞かなかった。

ただ飯を食いながら、冒険者の話をしてくれた。

ダンジョンで見た景色。

仲間との失敗談。

モンスターの面白い習性。


話を聞きながら、槙は飯を食った。


(久しぶりに、誰かと同じテーブルで飯を食った)


それだけのことが、なぜかひどく嬉しかった。



それから倉橋に拾われた。


「鍛えてやる」と言われて、断る理由がなかった。

朝から走らされて、基礎体術を教えられて、《剛拳》の使い方を一から叩き込まれた。


倉橋は厳しかったが、理不尽ではなかった。

「なぜそうするのか」を必ず説明してくれた。

「打ち方を変えれば用途が変わる。スキルの名前は変わらなくても、使い手が変わればスキルは変わる」というのが倉橋の口癖だった。


三年間、倉橋のもとで修行した。


その間に、倉橋の体が悪くなった。

ダンジョンで受けた毒の後遺症だと言っていた。

でも倉橋は愚痴を言わなかった。

ただ「俺が動けなくなるまでに、お前を一人で立てるようにする」と言って、訓練の密度を上げた。


槙が二十歳になったとき、倉橋は「もう十分だ」と言った。


「お前はもう一人でやれる。俺が教えられることは全部教えた」


「まだです。もっと」


「馬鹿。師匠を超えるのが弟子の仕事だ。早く超えろ」


そう言って、倉橋は笑った。

その半年後に、倉橋は死んだ。

ダンジョンで、ではない。

家で、静かに。

後遺症が悪化して、眠るように逝った。


葬式には冒険者仲間が大勢来た。

槙はその中で一番端っこに立っていた。

声をかけてくれる人もいたが、うまく返事ができなかった。


帰り道に一人で泣いた。

路地裏で。

誰にも見せなかった。


(倉橋さん。俺、まだ全然超えられてないですよ)


(Bランクどまりで、まだAにも届いてない)



缶ビールが空になっていた。


槙は空き缶を机に置いて、窓の外を見た。


(倉橋さんが俺を拾った理由、今でもわからない。本当にただの「目つき」だったのか、それとも別の何かがあったのか)


(でも俺は確かに変わった。倉橋さんがいなかったら、今の俺はない)


蒼汰のことを、また考えた。


ADRの前で見かけたとき、なぜ声をかけたのか。

自分でも正確にはわからない。

ただ「目つきがいい」と思った。

それが全部だった。


(倉橋さんが俺に言ったのと、同じ理由だ)


(繋がってるな、と思った。拾ってもらったぶんを、誰かに返す。その連鎖が、俺にまで来た)


蒼汰が「スキルなしでダクロを倒した」という話を瀬戸から聞いたとき、槙は少し驚いた。そして少しだけ、倉橋さんに似てると思った。


倉橋さんも、手段を選ばない人だった。

スキルがなくてもスキルで戦うような人だった。

状況をそのまま受け入れて、その中で最善を探す。


(蒼汰はまだ若い。まだ何も知らない。でも根っこにあるものは本物だ)


槙は「悪くないぞ、夜霧」と今朝言ったことを思い出した。

振り返らずに言ったのは、照れくさかったからだ。

それ以上の理由はない。


(倉橋さんも、褒めるとき振り返らなかった。俺が似たことをするとは思わなかった)


新しい缶ビールを開けようとして、やめた。

今夜は一本で十分だった。


槙は窓を少し開けた。

秋の夜の空気が入ってきた。

遠くに、ダンジョンの入り口を示す青い表示灯が見えた。

あそこに今夜も誰かが潜っているのだろう。


「……まあ、頑張れ、夜霧」


誰にも聞こえない声で、槙は言った。

倉橋さんが自分にそう思っていたかどうか、確かめる方法はもうない。

でも槙は、今夜だけは、そう信じることにした。


窓を閉めて、電気を消した。


槙の部屋に、渋谷の夜景だけが残った。



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