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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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第2話「欠陥スキルと笑われた俺が、それでも諦めない理由」

翌朝、蒼汰は協会に来ていた。


JAG冒険者協会・渋谷支部の一階は、朝からそこそこ混んでいる。

ランクアップの申請をする者、依頼ボードを眺める者、仲間を探している者。

蒼汰はその端っこで、細長い椅子に背中を丸めて座っていた。


手の中にあるのは、昨日貰ったままの「討伐報告書」だ。記入欄に書かれた数字はみじめなほど小さい。


 スライム(ミドロ)討伐数:1体


(1体。たった1体)


報酬は500円だった。

帰り道にコンビニで缶コーヒーを買ったら残高は280円になった。

交通費の方が高い。


(俺、向いてないのかもしれない。冒険者)


自分でもわかってはいた。

ただ、昨夜から頭の中に繰り返し浮かぶ光景があって、それが諦めの言葉を踏み止まらせていた。


白いコート。長い黒髪。

たった3秒で8体のモンスターを消し飛ばした剣閃。

そして――


「生きてるうちに強くなりな」


(……あの人は、どうやって、あんなふうになったんだろう)



「蒼汰〜。また底辺報告書書いてるじゃん」


声とともに、隣にどかっと座ってくる人間がいた。

野本悠のもとゆうだ。

茶色のショートヘアに、くりっとした目。

サバサバした話し方と、遠慮のない言動が特徴の同期だ。


「……うるさい」


「1体って何。スライム1体。それで今日終わりにしたの?」


「……追いかけられたんだよ。ガズに」


「ガズに? F層に迷い込んでたの? それとも蒼汰が迷い込んだの?」


蒼汰は黙って報告書に判を押した。

悠はそれをちらっと見て、はあ、と息をついた。


「《影縫い》、また使えなかった?」


「……1体には使えた。2体目の前に逃げた」


「惜しい、とは言わない。でも最悪でもない、かな」


(悠はいつもこういう言い方をする。慰めでも煽りでもなく、ただ事実を言う)


蒼汰が黙っていると、悠は腕を組んで少し考える顔をした。


「ねえ、昨日何かあった? 目が違う」


「目?」


「なんか……燃えてる感じがする。いつもの『どうせ俺なんか』オーラじゃない」


(バレた)


蒼汰は少し迷ってから、昨日のことを話した。

ガズに囲まれたこと。白いコートの女性が現れたこと。

「生きてるうちに強くなりな」と言われたこと。


悠は目を丸くした。


「……霧島澪?」


「知ってるの?」


「知ってるも何も、Sランク上位だよ。業界では最強格って言われてる人。私でも名前知ってる」


そう言ってから悠は少し首を傾けた。


「その人に助けられたんだ」


「……うん」


「悔しかった?」


(悔しい。悔しいに決まってる。でもそれだけじゃなかった)


「悔しかった。でも……もっと、追いつきたいって思った」


悠はしばらく蒼汰を見ていた。

それからふっと、珍しく柔らかい顔をした。


「そっか。じゃあ頑張れば」


「……それだけ?」


「それだけ。応援してるから。ただし死ぬなよ」


(悠らしい)


蒼汰は口元が少し緩むのを感じた。



受付に報告書を提出しようと列に並んでいると、後ろから声がかかった。


「Fランクか」


振り返る。


黒瀬慧くろせけいが立っていた。


同期のエリートだ。

金髪、青目、高身長。覚醒試験で《光刃》を得て、すでにEランクに昇格している。整った顔には常に余裕の色があって、蒼汰はこの男が苦手だった。


「何?」


「いや、報告書を見ただけだ。スライム1体。随分と……のんびりしてるな」


嘲りの色はあまりなかった。どちらかというと、純粋に不思議そうな顔だ。


「《影縫い》だったか。影を固定する、だったかな」


「そうだよ」


「使い道が見えないな」


(知ってる。俺も毎日そう思ってる)


「3秒固定できれば十分じゃないか」と蒼汰は言った。自分でも、少し強がった言い方だとわかっていた。


黒瀬は一瞬だけ考えるような顔をしてから、


「……まあ、使い方次第、かもな」


と言って列の前に視線を戻した。それきり話しかけてこなかった。


(使い方次第? 黒瀬が、そんなことを言うのか)


蒼汰は少し意外だった。もっとバカにされると思っていた。



報告書の提出が終わると、受付の職員に呼び止められた。


名前は朝倉健司あさくらけんじ、三十代半ばで眼鏡をかけた温厚そうな男だ。

蒼汰がここに登録して以来、ずっと担当してくれている職員で、いつも少し申し訳なさそうな顔をしている。


「夜霧くん、少し時間あるかな?」


カウンターの内側に通されて、向かい合って座った。

朝倉はファイルを開いて、蒼汰の「スキル診断結果」を見せた。


 固有スキル:《影縫い(シャドウステッチ)》

 現在ランク:F

 特性評価:「対象の影を最大3秒固定する。発動条件:術者の影と対象の影が接触すること」

 成長可能性:判定不能


最後の行を見た瞬間、蒼汰の心に何かが落ちた。


(判定不能。つまり、成長するかどうかもわからないってことだ)


「……成長可能性が判定不能って、どういうことですか?」


朝倉は少し言いよどんでから、


「正直に言う。前例がないスキルなんだ。影を縫い止めるという概念自体、過去の覚醒者データベースに類似例がない。つまり……どう育てばいいか、協会にもわからない」


(そうか。俺のスキルは、誰にも使い方がわからないのか)


でも。


(……待って)


(前例がない、ということは)


(まだ、誰もこのスキルの可能性を証明していないってことだ)


「夜霧くん」と朝倉が続けた。「辛かったら、転職という選択肢も――」


「いいえ」


蒼汰は静かに言った。思ったより落ち着いた声が出た。


「続けます」


朝倉は驚いた顔をした。

蒼汰はスキル診断書をじっと見てから、もう一度言った。


「俺のスキルの可能性は、俺が証明します」


(かっこいいことを言った。でも本気だった)


(霧島さんが言ったんだ。生きてるうちに強くなれ、って)


(ならまだ、死んでいない。まだ間に合う)



その日の夜、蒼汰は部屋の壁に自分の影を映して、《影縫い》を何度も発動した。


自分の影が3秒間、ぴたりと止まる。

手を動かしても、影だけが動かない。

3秒経てば追いかけてくる。


何度も、何度も。


(3秒。この3秒に、どんな意味がある?)


(相手を止める。でも俺の攻撃力がなければ意味がない)


(じゃあ、もっと長く止められたら? もっと遠くから止められたら? 影以外のものを止められたら?)


考えていたら夜中の2時になっていた。


部屋の電気を消して横になっても、眠れなかった。


天井に映る自分の影を見上げながら、蒼汰は静かに思った。


(俺はまだ、このスキルの一割も使えていないんじゃないか)


根拠はなかった。


でも、確信があった。


(絶対に、まだ何かある)


《影縫い》が、蒼汰の指先でかすかに揺れた。


壁の影が、一瞬だけ、縫い止められた糸のように細かく震えた。


気のせいかもしれない。でも蒼汰は確かに見た。


影の、端っこが、剥がれかけていた。

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