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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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19/25

第16話「Eランク昇格試験、一度目の失敗」

Eランク昇格試験の申込書を出したのは、黒瀬とのスパーリングの翌朝だった。


受付の朝倉さんに「夜霧くん、少し早いかもしれませんが」と言われたが、蒼汰は「受けてみます」と答えた。今の自分がどこまでできるのか確かめたかった。

それだけだった。


試験は三日後の午前十時に設定された。


試験内容は事前に書面で渡される。

「規定モンスター三種の単独討伐。各一体。時間制限なし。ただし負傷による途中棄権は失格」。


対象モンスターはスライム(ミドロ)、ゴブリン(ガズ)、そして鉄皮蜥蜴ダクロだった。


(ミドロとガズは問題ない。問題はダクロだ)


ダクロとは第六話で悠と一緒に遭遇し、毒を喰らって悠に解毒してもらった経験がある。今回は単独だ。でもあのときより自分は強くなっている。

《影縫い》の射程も伸びた。影を「剥がして」手の中で動かすこともできる。


(やれる。やれるはずだ)


試験前日の夜、蒼汰はまた部屋で《影縫い》を練習した。

影を剥がして、伸ばして、手の中で形を変えて。

いつもより長く、二時間ほど続けた。


そのまま眠れないまま朝になった。



試験官は瀬戸晴彦せとはるひこという四十代の男だった。


がっしりした体格で、短い白髪交じりの黒髪。

顔に古い傷が一本走っている。

元Bランクの引退冒険者で、今は協会の試験官を務めているらしい。

口数は少なく、余計なことを言わないタイプだった。


「夜霧蒼汰。Fランク。スキルは《影縫い》」と瀬戸は確認した。「始める前に言っておく。試験中に俺が止めたら即中断だ。判断は俺がする。文句は受け付けない」


「わかりました」


「では第一課題。ミドロの討伐から始める」


E層の入り口から入って、いつもの通路を歩いた。

瀬戸は後ろを一定の距離で歩いていた。

観察しているのだろう。背中に視線を感じる。


ミドロはすぐに見つかった。


(落ち着け。いつも通りだ)


発動。固定。三秒。核を砕く。


ミドロが消えた。


瀬戸は何も言わなかった。

手元の記録板に何かを書き込んだだけだ。


次はガズだった。

ガズ・ソムという斥候型の個体を見つけた。

素早いタイプだが、影縫いで足を止めればいい。

蒼汰は慎重に間合いを測って、発動した。

固定。短剣で仕留める。


瀬戸が「二体目、完了」と記録した。


(あとはダクロだ。ここまではいい。体力もある。魔力も、問題ない…………)


そのとき、蒼汰の指先が少し重くなった気がした。


(? なんだ、今の感覚)


気にせず先に進んだ。

D区画の境目付近まで来ると、壁際にダクロがいた。

鉄色の鱗。

黄色の縦瞳孔。

尾の先端が揺れている。


蒼汰は深呼吸した。


(落ち着け。まず影を取る。ダクロの影を捉えて縫い止める。固定中に弱点の首の根元を狙う。前回悠に教えてもらった継ぎ目の位置は覚えている)


踏み込んだ。


ダクロが反応して尾を振った。

毒液が飛ぶ。

右に跳んで避ける。

床に着地して、ダクロの影を見る。

影を捉える。


発動しようとした。


した、はずだった。


何も起きなかった。


《影縫い》が、発動しなかった。


スキルを発動しようとした。

意志はある。

でも何も起きなかった。

指先が重い。いや、重いというより、空っぽだ。

水が入っていたはずのバケツが、一滴も残っていないような感覚。


魔力が、尽きていた。


(嘘だろ)


(昨夜、二時間練習して、今日の試験前にも少し試して……使いすぎた。完全に使いすぎた)


ダクロが飛んだ。


スキルなし。

魔力なし。

残るのは短剣と肉体だけだ。

蒼汰は後退しながら、右手の短剣を構えた。

ダクロの爪が短剣の刀身に当たって弾かれる。

衝撃が腕に来る。


(縫えない。縫えないなら……どうする)


ダクロが再び跳躍した。

蒼汰は横に転がって避けた。

壁に背をつけた。


ダクロが尾を構えた。

毒液の射出準備だ。

距離は三メートル。

避けられる保証はない。


(詰んだ、かもしれない)


後ろから瀬戸の声がした。


「中断するか」


冷静な声だった。

止める気があるなら今だ、という合図だった。


(中断すれば失格。でも続ければ毒を喰らう可能性が高い)


(やめるか? やめていいのか?)


蒼汰はダクロを見た。

ダクロは尾を振り上げたまま、こちらを見ている。


(《影縫い》がなければ、俺は何もできないのか)


(スキルがなければ、俺はただのFランクか)


脚が、震えていた。


でも。


(……違う)


(スキルがないなら、スキルなしで考えろ。今、俺には何がある?)


短剣がある。足がある。目がある。


そして。


(影は……消えていない。魔力がなくてもスキルは使えないが、影そのものは床にある。俺の影も、ダクロの影も)


(《影縫い》が使えなくても、影は存在する。ならば……影を「踏む」ことはできる)


これは賭けだった。

《影縫い》なしで影を踏んでも何も起きないかもしれない。

でも蒼汰には確かめなければならない気がした。


蒼汰は壁から離れた。

ダクロに向かって踏み込む。


ダクロが尾を振った。

毒液が飛んだ。


蒼汰は跳んだ。

毒液の軌道の上を越えるように。

ダクロの真上を通過して、着地した瞬間、ダクロの影の上に両足で立った。


何も起きなかった。

当然だ。

魔力がなければスキルは発動しない。


でも蒼汰は着地の勢いのまま、短剣をダクロの首の根元の継ぎ目に向けて突き込んだ。


当たった。


核ではない。

でも継ぎ目の隙間に刃が入って、ダクロが怯んだ。

体勢を崩して、横に倒れた。


その一瞬の隙に、蒼汰は核の位置を確認して、もう一度短剣を突いた。


今度は、核に届いた。


ダクロが光の粒子になって消えた。


蒼汰は床に膝をついた。

腕が震えている。

呼吸が荒い。

魔力は空っぽのままだ。


後ろから瀬戸の足音がした。


「三体目、討伐確認」と瀬戸は言った。それから少し間を置いて、


「ただし」


(来た。失格宣告が来る)


「試験中に魔力を枯渇させた。これは管理能力の不足と判断する。総合評価:不合格」


蒼汰は「……わかりました」と言った。


瀬戸は少し蒼汰を見下ろしてから、「魔力の枯渇は経験不足から来る。

魔力回路の鍛錬と、スキルの消費量を把握しろ。

それができれば、お前は合格できる」と言った。


批判ではなく、アドバイスだった。

試験官としての仕事だった。


「はい」と蒼汰は答えた。



協会に戻って、不合格の記録書にサインした。


朝倉さんが「夜霧くん……」と声をかけてきたが、蒼汰は「大丈夫です」と言った。


ロビーのベンチに一人で座った。


(スキルが使えなくなった。試験中に。最悪のタイミングで)


(でも、ダクロは倒した。魔力なしで、スキルなしで、短剣だけで)


(それが、今の俺の限界だ)


悔しくなかったといえば嘘だ。

でも奇妙なことに、昨日の全敗より清々しい感覚があった。

スキルなしで自分が何をできるかを、初めて確かめた気がした。


スマホに悠からメッセージが来ていた。


「どうだった?」


蒼汰は少し考えてから「不合格。でもダクロは倒した」と返信した。


すぐに返事が来た。


「それで十分じゃん」


(悠らしい返し方だ)


蒼汰はスマホを閉じて、自分の右手を見た。

今は魔力が空っぽで、《影縫い》は使えない。

でも手は動く。指先は動く。


(魔力回路の鍛錬。スキルの消費量の把握。)


(やることが増えた。でも、それだけ知れたってことだ)


蒼汰が協会を出た後、瀬戸晴彦は記録書を閉じながら少し考えていた。

魔力枯渇は確かに管理不足だ。試験としては不合格が正解だった。

だがあの状況でダクロを倒したことは、記録書のどこにも書かれていない。


――スキルなしで、毒液をかわして、継ぎ目を二度突いた。

Fランクが、だ。


瀬戸は「面白い奴だ」と小さく呟いた。


誰にも聞こえないように。

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