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最弱冒険者は、あの背中に手を伸ばしたい  作者: あっかんべー
第一章:最弱冒険者の再出発

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13/25

第11話「神楽槙に、拾われた」

もう1話いけちゃいました。

これが本当に本日ラストです。

ADR渋谷連絡所は、協会から徒歩五分の雑居ビルの四階にあった。


看板は小さく地味で、知らなければ通り過ぎるような場所だ。

エレベーターで上がると、白い廊下とガラス張りの部屋が並んでいた。

研究機関というより、小さなオフィスに近い雰囲気だった。


受付で名前を告げると、すぐに奥から男が出てきた。

三十代半ば。細身で、黒縁の眼鏡。

白衣の下にグレーのシャツ。

声を聞いた瞬間、電話の人だとわかった。


「夜霧さん、初めまして。篠宮冬芽です。」


落ち着いた声だった。

握手を求めてきたので応じると、手が細くて、指先だけ少しひんやりしていた。


(研究者、って感じがする人だ)


個室に通されて、向かい合って座った。

机の上にはスキル診断装置の小型版と、分厚いファイルがあった。

ファイルの背表紙には「固有スキル・未分類群データ」と書かれていた。


篠宮は蒼汰のスキル診断書を開いて、少し眺めた。


「《影縫い》。最初の診断では『影を三秒固定』とありますね」


「はい。でも最近、変わってきていて…」


「具体的に聞かせてください」


蒼汰は順を追って話した。

影を伸ばせるようになったこと。

影を床から剥がせるようになったこと。

フェネクスの炎で影が消えたとき、手元から直接縫い止め直せたこと。


篠宮は静かに聞いていた。

途中で何度かメモを取った。

表情は穏やかで、驚いた顔はしなかった。

まるで予想していたかのように。


(この人、知ってる顔だ。驚いていない)


「一つだけ確認させてください」と篠宮は言った。


「影を剥がしたとき、冷感はありましたか」


「ぬるりと冷たい感覚がありました」


篠宮はメモを止めた。少しだけ、目が真剣になった。


「そうですか…」


「何か……わかったことがあるんですか?」


篠宮はしばらく考えてから、


「今日のところは、まだお話しできる段階にないんです。もう少し調査が必要で…」


(はぐらかされた。でも嘘をついている感じはない。本当に、まだ言えない段階なのかもしれない)


「一つだけ聞いていいですか?」


「俺のスキルに、何か……危ないことはありますか。俺だけじゃなく、周りの人間に対しても」


篠宮は少し目を細めた。

それから、


「今の段階では、危険性はありません」


「今の段階では」という言葉が、蒼汰の耳に引っかかった。



診断は四十分で終わった。

帰り際、廊下で白銀の髪が見えた。

白瀬凜だった。別の部屋から出てきて、蒼汰と目が合った。

凜は少し頷いた。蒼汰も頷いた。それだけで、二人は別の方向に歩いた。


(凜さんはADRと何の関わりがあるんだろう。でも今日は聞けなかった)


エレベーターを降りて、雑居ビルの外に出た。

秋の午後の路地裏。人通りが少ない。

篠宮の「今の段階では」という言葉が頭から離れない。


そのとき、後ろから声がかかった。


「おい、ちょっといいか?」


低い、よく通る声だった。



振り返ると、男が立っていた。


二十代半ばくらい。

刈り上げた黒髪、茶色い目。

がっしりした体格で、首から上に細かい傷跡がいくつかある。

腕も同じだ。右手の甲に、古い火傷の跡が薄く残っている。

ジーンズと黒いジャケット。

冒険者の装備は持っていないが、動きやすい格好をしている。


なんとなく、強い人間の雰囲気があった。


「あんた、今ADRから出てきたな」


「……そうですけど」


「Fランクの冒険者が再診断を受けるのは珍しい。スキルに何かあったか」


(なんで知ってるんだ。というかこの人は何者だ)


蒼汰は少し警戒した。

男はそれを察したのか、軽く両手を上げた。


「敵意はない。俺は神楽槙かぐらまき。Bランクの冒険者だ。ADRの近くでたまにFランクの新人を見張る趣味がある」


「……見張る趣味が、あるんですか?」


「言い方が悪かった。ADRに呼ばれるFランクってのは、だいたい面白いスキルを持ってる。俺はそういうやつを見るのが好きなんだ」


槙はにやっと笑った。

人懐っこい笑い方だった。

警戒がほんの少しだけ解けた。


「夜霧蒼汰です。《影縫い》というスキルを持っています」


「《影縫い》」と槙は繰り返した。「見せてみろ」


(いきなりだな)


でも蒼汰は短剣を抜いて、路地裏の地面に自分の影を落とした。

影縫いを発動して、影の端を伸ばし、剥がして、手の中に浮かべた。

槙は黙って見ていた。影が五秒で霧散した。


槙はしばらく何も言わなかった。それから、


「素質あるぞ、それ」


と言った。


(……素質?)


「欠陥スキルって言われてます」


「言ったやつが馬鹿だ」


槙は即答した。


「影を縫う、ってのはな、動きを止めるだけじゃない。

縫い方次第で、繋ぐこともできるし、切ることもできる。

お前はまだそこまで気づいてないだろうが、

そのスキルには、戦闘の根幹を変える可能性がある」


(戦闘の根幹を変える……?)


蒼汰は呆気に取られていた。

初対面の人間に、ここまで断言されたことがなかった。

篠宮はどこか含みを持たせた言い方をしたし、悠や桜花や凜は「面白い」「相性がいい」と言ってくれたが、「素質がある」と言い切った人間はいなかった。


「どうしてそう思うんですか…?」


「俺の《剛拳》はただの強打だ。でも俺は『打ち方』を変えることで、壁を砕いたり、人を傷つけずに吹き飛ばしたり、地面を割って足場を崩したりできるようになった。スキルの名前は変わらない。使い方が変わるだけで、できることが全然違う」


「……つまり」


「《影縫い》の使い方を、お前はまだ十分の一も知らないってことだ。そしてそれが、楽しみだってことだ」


槙は蒼汰の顔を見て、もう一度笑った。

「Fランクにしちゃあ、目つきがいいな!」


(目つき)


(悠にも言われた。目が変わった、って。霧島さんに会ってから、俺は変わったんだろうか)


「俺と組んでみる気はないか」


「依頼を一緒にこなすんじゃない。訓練だ。俺がお前を鍛えてやる。ただし、俺の言うことを聞ける根性があればの話だが」


(訓練。この人が、俺を鍛えてくれる?)


断る理由が、なかった。

「……お願いします」


槙は「よし」と言って、右手を差し出した。

蒼汰は握り返した。

手が大きかった。傷だらけの、でも温かい手だった。


(この人と一緒にいたら、強くなれる気がする。根拠はない。でも確信があった)



「一つだけ聞いていいですか?なんで俺みたいな最弱を鍛えようと思ったんですか?」


槙は少し空を見上げた。

秋の雲が流れている。


「昔、俺も誰かに拾われたんだ。路地裏で、情けない顔して座ってた俺を。そいつが『目つきがいいな』って言ってくれて、鍛えてくれた」


「その人は今も」


「死んだ。ダンジョンで」


槙はあっさり言った。

後悔でも悲しみでもなく、ただ事実として言った。

でも目は、少し遠くを見ていた。


「だから俺も、同じことをしてやろうと思ってる。拾ってもらったぶんは、別の誰かに返す。それだけだ」


(……槙さん)


蒼汰は何も言えなかった。

ありがとうございます、と言いたかったが、なんか違う気がした。

だから黙って、もう一度だけ頷いた。


槙は「明日の朝六時、協会の裏の公園に来い。遅刻したらその日は終わりだ」と言って、ジャケットのポケットに手を突っ込んで歩き去った。


蒼汰はその背中を見送った。


(拾ってもらったぶんは、別の誰かに返す)


(俺も、いつかそういう人間になれるだろうか)


路地裏の夕暮れに、蒼汰の影が長く伸びていた。

今日、三人の人間が《影縫い》に可能性を見てくれた。


(霧島さんに追いつく道が、少しだけ見えてきた気がする)


蒼汰は歩き出した。明日の朝六時に向けて、今夜は早く寝ようと思いながら。

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