―第99章― 大切なものを失わない為の理恵達の「選択」
時計の針が進むたび、胸の奥で小さく鼓動が走る。
きっと、受かってる。
それは希望的観測ではなく、これまでの努力や成績、その日の調子を冷静に振り返った感想。
けれど、ふとした瞬間に試験当日の空気が蘇って、不安というほど鋭いものではないけれど、どこか重く、鬱蒼としたものが心に根付く。
私は鈴と一緒に千夏の病室にいた。
珍しく鈴に声を掛けられて、放課後の道すがら自然と千夏の話になり、寄ることにしたのだ。
「蜜倉未月さんの小説って、孤独に寄り添ってくれる感じの言葉がいいよね」
鈴は推しの直木賞受賞作家について熱っぽく語る。
「特にこの小説のこの言葉とかが胸に響くよね。傷ついていた主人公に向けて、いいんだよって抱きしめるシーン」
その一粒、一粒の単語に、その小説への作家への祈りにも似た愛が溢れている。
そこまで何かを純粋に愛せる鈴が羨ましく映る。
その時、ベッドの隅に置かれていた千夏のスマホが震えた。
「誰かから連絡…」
千夏はのっそりと起き上がって、そのスマホ画面をタップする。
「隼人からだ」
千夏の顔からみるみる血の気が引いていく。
その画面を真剣に見つめて、僅かに考え込む。
千夏が震える手で差し出してきた画面には、感情のままに叩きつけたようなメッセージが並んでいた。
「死神さんの前回選挙でライバルだったっていう人に今日、たまたま会って、千夏の延命は6カ月までしか許されていなくて、それ以降は死神さんの一存でやった不正だって知らされて。月影城の占拠もその影響で取られたらしい」
焦燥とやり場のない怒りが滲む隼人の言葉。
「確かに、最近異様に疲れてたから」
自分の声が恐怖で細く震えているのが分かる。
「仕事が多いのかなって思ってたけど、そうじゃなかったんだ」
千夏が唇を噛み締めた。
その瞳には、申し訳なさと絶望が混ざり合い、今にも溢れ出しそうだった。
「このままじゃいけない」
千夏は叫ぶように言い、鏡を開く。
その姿は鏡の奥に呑み込まれ、跡形もなく消えた。
「私達も、行こう」
正解は分からない。
それでもいい。
ただ、このまま大切な物を失う訳にはいかない。
私は自分の机の中に仕舞ってある鏡に向かって、一心に駆け出した。
窓の外は何も知らない普遍的な夕焼け空が残酷なほど平然と街を染めていた。




