―第98章― 不正が露見した為の死神の「対峙」
「不正をするなんて死神として言語道断だ。貴様に死神職に就く資格はない。早急な辞職を要求する!」
玄関の呼び鈴がけたたましく静寂を切り裂いた。
外へ出ると、そこにはかつての死神選挙で激戦を繰り広げたライバルが勝ち誇ったような顔で立っていた。
その言葉を合図にしたかのように、集まった群衆から一斉に罵声が浴びせられる。
最近のアイツの静けさは折れてくれた訳ではなく、嵐の前の静止に過ぎなかったのだ。
俺を直接叩くのではなく、この街の人々に俺の不正を触れ回り、外堀を埋めて、精神的に追い込む作戦を練っていたのか。
輪廻転生制度の改正であれほど交渉を続ける粘り強い男が、一度の敗北で潔く引き下がるはずがなかった。
民衆の怒りが、無数の矢となって俺の身体を貫く。
怒り、失望、そして裏切りへの憎悪。
それぞれの負の感情が大きな渦を巻き、逃げ場のない巨大な波となって押し寄せてくる。
俺はただこの光景を茫然と見つめることしかできなかった。
この50年間、俺なりにこの街の人々のために尽くしてきたつもりだった。
人々の死を見届け、魂を導き、悲しみにも寄り添ってきたつもり。
だが、たった一つの不正によって、積み上げてきた努力も功績も、脆く崩れ落ちていく。
まるで俺は極悪人だ。
「まあ、そうだろうな」
自嘲気味に呟く。
どんな崇高な理由を並べたところで、不正は不正で、ルールはルール。
もし、俺が死者の都に来たばかりで、死の不条理を呪っていた頃の自分なら、間違いなく群集の側に立って、俺はこの不届きな死神を石で打っていただろう。
自分が死ななければならない事実がどうしても許せず、運命を覆す術を求めて、猛勉強の末にこの職を勝ち取った。
それから数十年の月日が流れ、この死者の都の醜い部分も、救いようのない美しさも沢山見てきた。
あの6人と出会い、俺は不正に手を染めた。
それでも、俺は今、千夏を助けたことを後悔していない、よな。
「お引き取り下さい」
背後から凛とした声が響いた。
家の中から助手の西川が現れて、毅然とした態度で群衆の前に立ちはだかる。
目を見開く俺をよそに、西川は止まらない罵声を受け止めながら叫び続けた。
けれども、罵声の声は止まない。
「死神さんは確かに不正を犯したかもしれない。だけど、それは己の信念に基づいて命を救いたい一心で行ったことです。それに、あなた方はできるんですか。一人の少女が生きることを必死に願う5人を目の前にして、それでも『生かすことはできない』と冷酷に告げることが」
西川は一呼吸を置くと、自分を糾弾する群衆の一人を射抜くような視線で見据えた。
そして、吐き捨てるように言った。
「それが死神の仕事なんですか。命を救うことが罪だと言うなら、そんな仕事、くそ喰らえ」
俺も含め、その場にいた全員が息を呑んだ。
死神という公務を絶対視するこの世界においてそれは最も冒瀆的で、最も人間らしい叫びだった。
ライバルだった男が何かを言い返そうと口を開きかけたが、西川の放つ圧倒的な熱量に押され、言葉を失う。
西川は俺の腕を強く引いて、有無を言わせぬ足取りで家の中へ連れ戻した。
「言いすぎでしたかね」
バツが悪そうに頭を掻く。
先程の凛々しさはどこへやら、いつもの抜けた助手の顔に戻っている。
「知っていたのか」
「死神についての勉強はしていましたし、さすがに知らないで助手をやるのは無理がありますよ」
「そうか。全く、くそ喰らえか」
俺は初めて心の底から笑った気がした。
俺は俺の味方がたった一人になったとしても諦めない。
死ぬまで、戦い抜く覚悟を決めた。




