―第92章― 千夏が1月を生き永らえる為の理恵の「憤懣」
1-8。
試合は淡々と過ぎていき、相手の点だけが折り重なっていく。
「勝つんだよ」
鈴が叫んだ。
魂が抜けたような私の腕を力一杯に引っ張って、必死に訴えかける。
ああ、鈴のサーブのタイミングだから球が飛んで来ないのか。
大声で話すから視線が集まってるな。
もう、これはどうせ勝てない。
雰囲気的になんとなく分かる。
我武者羅になったところで無駄だ。
「隼人と飛鷹も想空も観客席で勝つことを祈ってる。もし、負けたら千夏が死んじゃうんだよ」
「だからって、理屈で何とかなる訳じゃない」
脳の処理を通さず、感情のまま勝手に口は叫んでしまう。
そんなこと私だって知ってる。
だけど、だからって状況が変わるわけじゃない。
所詮、私達はただの人間だ。
奇跡なんて起こらない。
「試合を再開して下さい」
審判の声が遠くで鳴った。
重い足取りで、鈴が放ったサーブを見つめた。
そのサーブはことごとく強打で返され、私の目の前を通過していく。
視界は相変わらず霞み、肺は焼けるように熱い。
それでも、隣の鈴は獣のような鋭い目線で相手を睨み付けていた。
こんな状況なのに、最期まで勝利を信じて、必死になれることが羨ましい。
私は無理だと思ったらすぐに諦める。
理屈じゃない、か。
自分の言葉が胸の奥で深く反響している。
そう、勝てる理論なんか何処にもない。
体力は底を突き、スコアは絶望的。
でも、そんなの最初から分かり切っていることだった。
分かっていて、勝とうと誓ったんだ。
相手のサーバーがボールを構える。
その瞬間、私の頭から灰色の雲が消えた。
作戦を考えようとするのも、勝とうとするのも止めた。
ただ、鈴が繋ごうとしているこのラリーを、終わらせないことだけに集中する。
どうせ、負けるのなら存分に戦って、後悔の無い形で負ける。
「来い」
声に出したつもりはなかったが、喉の奥から乾いた音が漏れた。
相手がトスを上げる。
スローモーションのように球の回転が見えた。
身体は鉛のように重いはずなのに、不思議なほど心は静かだ。
バァンと、乾いた打球音が響き、鋭いサーブが私の右サイドを狙う。
本来ならば、追いつけないはずのコース。
けれど、私の右足は無意識に地面を蹴っていた。




