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―第9章― 感情を乾かす為の理恵の「客観」

「新3年生の皆さん。今年は高校受験の年です。しっかりと受験勉強に勤しみ、クラスメイトと切磋琢磨しながら自分の志望校を目指していきましょう」

 校長先生の平凡な話が終わり、司会の声に合わせて立ち上がった。

 中学3年の進級式。

 私は将来に対する暗澹とした不安を抱えながら、体育館の木の匂いがする空気を貪っていた。


「○○、何組?」

「よっしゃ、同じじゃん」

 今年度の命運が懸かるこの瞬間に胸を高鳴らせて跳ねるように、人並みは過ぎ去っていくが、その中に一人、沈滞する気持ちを抱えたままどんよりとクラス表を見つめる。

 3組か。

 隼人と鈴が同じクラス。

 私の場合、友達は千夏以外にいないからどこのクラスに入ったところでどうでもいい。

 いちいち私の態度に対して口出ししてくる奴とか全く喋らないのをいいことに堂々と目の前で悪口を言う奴とか、そういう奴と同じクラスでないと良いという願望はあるけれど、叶わなかったところで私の生活は変わらない。

 聞こえないフリ、鈍感なフリをして相手が飽きるのを待つ。

 どうでもいい。

 クラス替え後だけ話しかけてきて、私が全く話さない奴だと分かるとあからさまに嫌な顔をして避けてくる奴とか、友達のいない私を見て哀れというレッテルを張り付けてくる奴とか。

 どうせ憐れむだけで何もしてくれないのに。

 憂鬱だ。

 新しいクラスに入りたくない。

 賑やかな周りとのコントラストに包まれたくない。

 自分一人だけのクラスになればいいなんて、何度思ったことか。


 クラス替え後の賑やかな友達づくりの空気に合わせず、私は小説を開いた。

 ただ単純作業として文字を追っていくだけ。

 乾かされた寂しいという感情を文庫本で隠すため。

 感情の波も訪れずに国語の問題文を解いていくように、物語をただ事実として眺めていく。

 小説の主人公は嫌いだ。

 いつも裏切られる。

 私はあなたと同じ、誰とも喋れないなんて書いときながら、私なんかよりも断然喋っている。

 それに、最後は喋れず成長しない私を置いたまま、前を向いて歩き出してしまう。


 私はいつも通り、独りぼっちで家に着く。

 それでいい。

 それ以上を望んだところで、それの為に邁進したところで成功せず、惨めになって苦しむだけ。

 どうせ、求めている成功を得ることはできない。


 自転車を漕いで、千夏のいる病院へ向かった。

 顔に当たる風すらも私を煙たがるように砂の含んだ風を当ててくる。


 病院の通路をすたすたとよそ見もせずに早歩きで歩く。

 中学の図書室の場所すら怪しい私でも、千夏の病室は通い慣れてしまった。

 あの子の前で嫌な感情を見せてはいけない。

 あの子はもっと、私なんかよりもずっと苦しんでいるから。

 スッと息を吸ってから、病室のドアを開いた。

「あ、理恵。おはよう」

 扉が開いた物音で、勢いよく起き上がった千夏は元気な声を病室に響かせる。

「おはよう」

「今日、進級式だったんでしょ。どうだった?」

 最悪な1日だったよ。

 心の中で悪態をつきながら、千夏が私の代わりに学校に行けたらいいのになんて思った。

「校長先生が受験に向けての他愛のない話をして、同級生はがやがやしてたよ」

 千夏は楽しかったなんて、適当な嘘を言うことを求めないでくれる。

 千夏にとって、学校は物凄く行きたいのに行けない場所。

 そんな場所を楽しめていない自分への罪悪感。

 それでも、千夏は笑ってくれる。

「理恵は相変わらず、客観的だね」

 小さく笑って、軽く手を叩く。

 他の人がこんな答えを返したら嫉視を抱くのに、どうしてか千夏の笑顔には心が安らいでしまう。

 千夏にはそうやって長閑に笑っていて欲しい。

 その笑いを聞くだけで安心するから。

 なんとなく、生きててよかったって思えるから。


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