↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/112

―第8章― 感情の揺れの為の死神の「逡巡」

「俺はどうして一ノ瀬千夏を助けたんだろうな」

 静まり返った室内に俯瞰に満ちた声が響く。

 暗闇の中で机の上の書類の束だけが浮かび上がっている。

 本来なら悔しがるべき。

 わざわざ木の上に鍵を隠し、見つからないように仕向けたのだから。

 意識的には理解しているのに、胸の奥で煮え立つはずの感情はどこにも湧いてこない。

 代わりにあったのは、安堵。

「俺はあの少女に、一ノ瀬千夏に、生きて欲しいのか」

 呟いた瞬間、胸の奥が酷く軋んだ。

 それは死神になってから長い間、忘れていた痛み。


 死神になりたての頃は、死者を連れていくたび胸が締め付けられた。

 死者の周りには最後までその死を悲しむ者もいたし、死者さえも最期まで生きる希望を持っていた。

 死神になったところで、元は人間。

 理にも示した通り、輪廻転生で記憶は消えるが、死者の都に来る場合は前世の記憶が消える訳じゃない。

 死への恐怖やら、親しい人と離れたくない気持ちは痛いほど伝わってくる。

 それでも、年月が経つにつれ、仕方のないことだと割り切れるようになっていた。

 俺がやらなかったところで、別の死神がやるだけ。

 死を決めるのは本物の神で、俺達には生者を死者にした責任はない。

 ただ、自分の仕事を行うだけ。

 そう思って、仕事をこなしてきた。

 それなのに。

 俺はなぜあの時、一ノ瀬千夏を生かしてしまったのだろう。

 こんなに悩むなら、生かさなければよかった。

 どうせ、あと5か月で死ぬ。

 なのに、運命を変えるべきじゃなかった。

 上げてから落とされるのが一番辛い。

 希望が絶望に変わる方があの少年達には痛い。

 でも、あの少年達に今だけでも涙を流させたくないと思ってしまった。

 一筋の涙が薄く淡く、書類の上に零れた。

 50年ぶりの涙。

 感情が消え去ったと思っていた俺にも、こんな感情がまだあったんだな。

 未知は怖い。

 あの少年達が以後どうなってしまうかは分からない。

 それでも、賭けてみるかな。

 未来は分からない。

 だけど、それでいい。

 だから諦めない、か。


『ミッションコンプリート。寿命1ヶ月、くれてやるよ」

 一ノ瀬千夏の額にそっと手を当てて、俺は静かに呟いた。

 その声はまた闇に掻き消されていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。