―第88章― 千夏が1月を生き永らえる為の鈴の「緊怖」
飛鷹と隼人のプレーのお陰でサッカー部門の優勝を果たし、チーム3との点差が200点まで迫っていた。
会場の空気はさらに昂りを見せていく。
時計はとっくに1時過ぎを指していて、お昼休憩のアナウンスが掛かった。
タオルで軽く汗ばんだ身体を拭い、水筒の水を飲み干す。
「千夏も誘って、食堂に行くか」
疲労感を吐き出したような隼人の声に軽く頷いて、応援席の千夏と合流。
食堂は人の波が絶えず押し寄せ、ざわめきと体温が空気を満たし、歩くたびに誰かの肩が触れた。
先頭の見えない列に並び、焦りが煮えてくる。
「ここ暑いし、混みすぎだろ」
飛鷹はやはり愚痴り、千夏はこんな状況すら新鮮なのか目を輝かせて辺りを見回していた。
やっと、見えてきた食堂のおばさんに飛鷹が6枚のおにぎり弁当と書かれた食券を手渡す。
「はいよ。これが鳴ったら取りに来てな」
譲ってもらい、かろうじて席を見つけた数秒後、その機械が鳴る。
鮭と昆布のおにぎり、ゆで卵、ミニトマトやブロッコリーなどのサラダ、唐揚げ2個、蜜柑。
疲労感に導かれて、飛鷹はそのお弁当を凄まじい勢いで平らげた。
私はゆっくりとおにぎりを頬張る。
「現段階での結果をお伝えします。バドミントン部門優勝、根平さん。テニス部門優勝、鈴木さん。リレー部門優勝、チーム3。サッカー部門、優勝チーム12。現在の優勝チームはチーム3、準優勝チームはチーム12。卓球部門、両チーム順調に勝ち進めば準々決勝で相まみえます。勝てばチーム優勝、負ければ準優勝の今大会。さて、大逆転は行われるのでしょうか」
そして、囃し立てるようなアナウンスで、私と理恵の試合の結果で勝敗を喫することが再確認された。
その理恵は表情一つ変えずに、サラダを口に運んでいる。
怖く、ないのだろうか。
心臓がギュッと掴まれるような閉塞感が血液中を流れていく。
自分が優勝する想像図がつかめない。
怖い。
箸で器用に掴んだ真っ赤なミニトマトが床に音を立てて落ちた。
「あっ…」
コロコロと人波の方へ流れていく。
トマトは私から遠ざかっていってしまう。
「すみません」
頭を下げながら黒い塵のついたミニトマトをティッシュで包んで、軽く潰す。
小さく溜め息が零れた。
私はどうせ、勝利を掴めないのかな。
椅子に行儀よく座って、サラダを頬張る理恵と目が合った。
「まだ口付けてないから、いる?」
まるで自らの存在を誇示するかのように鮮烈な光を放つミニトマト。
「ありがとう」
そう笑うと、理恵はぎこちなく頬を綻ばせた。
「お前らの強みは策だろ。それで優勝掴んで来いよ」
飛鷹の、自分に絶対的な自信がある言い回しが呆れではなく、誇らしさとして胸に伝わる。
「うん。頑張ってくる」
みんなとハイタッチをして、コートに向かった。
さっきの閉塞感はいつの間にか、色褪せていた。




