―第71章― 千夏が12月を生き永らえる為の鈴の「温志」
千夏の言葉で私は決心がついた。
怖くないわけじゃない。
むしろ、心臓はさっきからずっと暴れていて、掌も汗でびっしょりだ。
でも、ここで逃げたら後悔する。
深く息を吸い込んで、冷たい空気が肺の奥まで満ちた。
震える心を落ち着かせるように、胸が少し軽くなる。
大丈夫。
私のまま、私らしく戦えばいい。
「明日、死者の都で話があるんだけどいいかな」
予定があると断ってから、いつの間にかスタンプがついていたスマホ画面を見つめて、メッセージを打ち込む。
月影城を奪還するための作戦。
こちら側の強みは、城の構造や周りの地形について熟知している人材がいること、隼人や飛鷹、体力自慢の剛力組の人達など一人で何人分もの力を発揮する戦士が数十名在籍していること。
このような利点を踏まえ、私は図書館から借りてきた書籍の中から島津義弘の伝記を探し出した。
耳川の戦いという、島津軍対大友軍の戦い。
現在の宮崎県で行われ、1万ほどの戦力差がありながら、巧妙な戦術を駆使して島津方が見事に勝利を収めた戦い。
そこで用いられた作戦は釣り野伏せという戦法で、囮部隊が敵を誘い込み、地形を生かして伏兵が一気に包囲・殲滅するというもの。
それを参考に、囮部隊が敵を引き付けている間に、守りが手薄になった城を攻める戦法で、月影城を奪還できるのではないか。
机上の空論で終わるかもしれない。
けれど、それでも伝えてみる価値はあるのではないかと思った。
翌日、理恵が1日の睡眠期間を経て、学校に登校してきた。
無事、後遺症もなく、一人で読書に更けるいつも通りの様子で学校生活を過ごしていることに、私は少しの安堵を覚えた。
6時間の授業を終えて、放課後、制服を脱ぐこともせず、急ぎ死者の都に向かった。
さすがにまだ誰も来ていないようで、戦国時代の戦で使われた戦法に関する本を捲りながら、他の4人を待つ。
陣形や攻めるタイミングについて詳しく書かれているページを開いて、参考になる言葉がないか探す。
「あ、鈴」
頭上から低く掠れた声が聞こえ、頭を上げた。
紙の束を抱えながら、くたびれたグレーのコートを纏う死神。
「手伝いましょうか?」
死神さんの腕の中から3分の1くらいの量の紙を取る。
家の中へ入り、机の上に無造作にその紙を置いた。
「月影城の奪還ミッション、今どんな感じ?」
「まだいい実績は出てないんですけど、囮を使って城の兵を誘き寄せて攻められたらなとか、考えてて…」
理恵が一度戦闘不能状態になったことなど、上手くいっていない点が浮かんで、言葉に詰まりながらも、自分が考えた作戦を伝えてみた。
単語ごとに相槌を打ちながら、死神さんは熱心に聞いてくれる。
「なるほど」
視線を落として、考え込む。
死神さんが何かを言い掛けたところで、家の戸が叩かれた。
隼人、飛鷹、理恵、想空の4人が神妙な表情で、ドアの前で立っていた。
「あの、作戦考えてみたんだけど。どうかな」
死神さんに話した時と同じように4人にも作戦の説明をする。
「確かに、あいつ相手じゃなければ有効な作戦だろうけど、あいつが囮に釣られる情景が浮かばないんだよな」
死神さんが私の説明の後にそう呟く。
そう、相手の総大将の人となりをよく知っているという事も、こちらの強みであった。
だが、そう慎重なネクロポリスの死神の軍を誘い出す為の策は出てこない。
テーブルを囲んで、まるで「考える人」像の集団展示のように黙りこくる。
誰かが何か言いかけては口を閉じ、を繰り返す。
「飛鷹、何か思いつくか?」
突然の隼人の問いかけに飛鷹は肩をビクッと震わせ、「い、いや、今考えてるんだよ」と、手をばたつかせながら必死に何かを掴もうとするが、言葉は出てこない。
「っていうか、死神さんが出てきたら駄目なん?」
その言葉が落ちた瞬間、周りの空気が揺れた。
「確かに、俺が出てくれば絶好の機会だと進軍させる可能性は高いかもな」
死神さんは眉間に皺を寄せて、呟く。
「でも、いいんですか?私達5人に任せたミッションなのに協力してもらって」
死神さんが出陣したら、死という大きなリスクを伴うのに、いいのだろうか。
「いいよ。奪還できなかったら、こっちも大変だからな」
そういう死神さんの顔はどこか優しく、決心がこもっていた。
「じゃあ、その策で。あとの軍の割り振りとかの細かい戦略は理恵と鈴と想空の3人で決めてもらって、明後日に反撃開始だな」
隼人の掛け声で、咆哮が上がった。




