―第62章― 千夏が10月を生き永らえる為の理恵達の「検証」
聞き込みで得た情報がメモってあるノートを見返すが、何の発見もなく日々が過ぎていく。
「町田さんと山本さんは全体の目撃証言があるけど、小森さんは瞬間の目撃証言。だから、一番崩せる可能性が高いのは小森さん。だから、その人について詳しく検証してみるのはどうかな」
スマホを開くと連絡アプリに想空から連絡が入っていて、私は急ぎ、死者の都に向かった。
「あ、理恵。5人とも揃ったな」
4人が小森さんを目撃した人に改めて話を聞くと、目撃した時間は10時25分頃。
宝石店からその道までの距離は約6キロ。
20分ほどで6キロは、現実的に考えて、難しいのではないだろうか。
「うーん。あの人は日頃運動している人には見えなかったし、そんなに速く走れるとは思えないな」
隼人の呟きを背中に、飛鷹が伸脚をしていた。
「せっかくだし、隼人。検証と俺達の勝負を含めてやってみようぜ」
伸びをしながら、満面の笑みで誘う。
「ちょっと。先に準備体操するのはズルいだろ」
2人が入念に準備体操をしている間に、想空と私が宝石店の前で待ち構える。
「よーい。スタート」
鈴の合図でストップウォッチのスタートボタンを押した。
2人が宝石店に向かって、全力で走り出す。
宝石店は強盗被害の為、長らく臨時休業との張り紙が貼られ、辺りには寂しさが漂っていた。
数十分ほど経って、少し心細くなってきた頃、息遣いの荒い2人の姿が遥か遠くに見えた。
町の人々のどよめきと共に、こちらへ近づいてくる。
ストップウォッチが指す時間は19分台。
この調子ならばギリギリ間に合ってもおかしくない。
2人の表情は変わらないまま、この勝負を楽しんでいるようにすら見える。
抜いて抜かれて、それを繰り返し、ゴールライン。
同時に宝石店前に着地し、ストップウォッチは19分48秒。
「ギリ出来たんじゃねえか」
飛鷹が荒い息を整えながら水筒を凄まじい勢いで飲み干していく。
「でも、このタイムは運動神経抜群の2人だから出る訳で、あの人からは想像し難いよね」
鈴の呟きに、宝石店の店主で強盗当時、店にいた店長さんが犯人の様子を話してくれた。
「強盗犯に息切れしていた様子はなかったよ」
「だよな。このスピードと距離で息が切れないのは相当な猛者だぜ。もし、そうなら勝負してみたいな」
走り切った飛鷹の身体にはまだ興奮が消え切っていないようだ。
「それに、このスピードなら相当目立つんじゃないか」
水筒を飲んで、息を整えている隼人の呟きに頷く。
6キロを20分で走り切ることが不可能でないことは分かったが、やはりそれをした可能性は極めて低い。
もし想空の予測通り、小森さんが犯人ならば、相当な運動能力の持ち主か、どこかにもっと早く辿り着ける抜け道があるという事だろう。
「地形を把握する為に、小早川さんから地図を貰いに行くか」
小早川さんというのは、最初のミッションで地図をくれたエリートっぽいお兄さんのことだ。
「本当にいいのかな」
逡巡した素振りを見せる鈴に全く目をかけず、飛鷹は明朝体でくっきりと描かれた表札の扉を叩く。
「久しぶり。飛鷹君」
快く家に招かれて、私達は出してもらったコーヒーを飲む。
暖かそうな真っ黒のコートの第2ボタンの糸が解れて、外れていた。
几帳面な性格そうなのに意外、なんて適当なことを考えながら、コップに口をつける。
テスト前の勉強の眠気解消で、よく飲んでいて、私には飲み慣れた味。
飛鷹は舐めると同時に、「苦い」と叫んで、顔を顰めていた。
隼人と飛鷹が走った距離は目撃証言のあった場所から直線に2キロ進み、そこから右に曲がって4キロほどの道のり。
小早川さんからもらった地図を見ると、その近くに分かりやすい抜け道はないように見える。
最短距離を考えると、斜めに進んでいくのが1番速いが、そうなるとこの大きな建物を突っ切って行かなければならない。
その会社にトリックがある可能性が高いだろう。
「すみません。捜査協力をお願いしたいのですが…」
水道会社という古びた看板があったが、人気はなく、誰も出てくる様子はない。
「どうしたんだい。坊や達よ」
見るからに好々爺という風貌をしたお爺さんが杖をついて歩いてきた。
「あの、この建物って人はいないんですかね?」
隼人の質問にゆっくりと搾り出すように答えていく。
「ああ。去年、倒産しちゃったんだよ。昔からある会社だったから寂しいねぇ」
哀愁に酔うように吐き出した息からは何とも言えない寂しさが籠っていた。
「ここって立ち入り禁止ですか?」
「ん?入っていく人は前に見たし、いいんじゃないかな?」
もし、小森さんがこの建物内を使って、アリバイ工作をしたのであれば、この人の目撃証言が証拠になるかもしれない。
「あの、それっていつですか?」
揺れる心臓を落ち着かせて、声を出す。
「一週間くらい前の昼頃じゃなかったかね」
一週間前だとすると、丁度事件当日と同じで辻褄も合う。
「それってどんな風貌をしてましたか?」
「ん。なんか急いでいる様子で、よく顔は見えなかったね。ああ、あと特徴的なハイキングシューズを履いてたよ」
それだ。
その姿はおそらく犯人で間違いない。
「すみません。ご協力ありがとうございます」
「いえいえ」
杖を使ってゆっくりと過ぎ去っていく背中を見つめる。
ここから、現場検証スタートだ。




