―第59章― 千夏が9月を生き永らえる為の想空達の「鍛錬」
翌々日、僕が目を開けるとやはり1日が静かに過ぎ去っていた。
窓の外は頼りなげな薄紅色の光が空を染めていたが、次第に黄金色へと熱を帯び、逆光の中でゆっくりと輪郭を取り戻していく。
起き上がり、黄泉の都に向かうと、5人とも死神さんの家の前に集まっていた。
「このままじゃキツイだろうから、体力をつけないとだよな」
隼人の言葉に頷き、隼人と飛鷹による地獄の体力教化鍛錬が始まる。
と言っても、僕の胸にはほんの少しの好奇心が芽生えていた。
凄まじい体力を兼ね備える2人がどんなトレーニングで体を鍛えているのかという事に凄く興味があった。
「このミッションだと持久力とスピードを鍛えるといいだろうな」
「じゃあ、走りまくるか」
飛鷹が威勢よく叫び、隼人の呟きを掻き消す。
「それでもいいんだけど、インターバルの方が手っ取り早いんじゃない?」
インターバルというのは、速く走ること、ゆっくり走ることを繰り返して、持久力とスピードの両方を鍛えるためのトレーニングらしい。
公園の隣の運動場を貸してもらい、鍛錬が始まる。
隼人が100mごとにマーカーコーンを置いていき、タイマーをセットした。
「じゃあ、一人ずつコースに着いて」
トラックの中心から隼人、理恵、僕、鈴、飛鷹の順で走路に入る。
「よーい、スタート」
隼人の掛け声で、5人は一斉に走り出した。
100mを全速力で駆け抜けていく。
両端の2人はまるで風のように速い。
ダッシュとジョギングを5セットほど繰り返すと、息は切れ、疲労感が身体を包んだ。
2人のトレーニングは単純でも簡単なものでもなく、予想以上に辛いものだった。
「一回、休憩するか」
水道の水を飲んで、呼吸を整える。
その後は、2人によるフォームの指導。
「腕は90度。呼吸は一定リズムで」
飛鷹は根性論者のように厳しく、普段は優しい隼人もこの時ばかりは容赦がない。
そんな鍛錬を続けていき、どうにか2人に引っ張られながら、3人とも15秒台で走れるようになった。
「よし。体力は大体付けられたし、またミッションに挑戦してみようぜ」
鍛錬開始から20日目である9月27日、隼人が悪戯っぽく笑った。
5人で発電所に入り、再びあの冷たい空気を感じる。
中央のクランクに触れると、緊張感が走って、手が勝手に強張る。
「よしゃ、やるぞ」
互いに声を掛け合い、自らを鼓舞。
一斉に中央の柱に取り付けられたクランクを掴み、「開始!」という隼人の掛け声で、両手に力を込めた。
重たいクランクがゆっくりと、しかし着実に回っていく。
悲鳴のような音を立てて軋み、ずっしりとした手応えが腕に伝わる。
10分間回し切り、隠し扉が開いた音が、疲労感が残った身体に響いた。
飛鷹が鈴を、隼人が理恵を引っ張って、僕は単独で扉の先に向かって走り出す。
肺が焼けるように苦しく、心臓が喉を突き破らんばかりに脈打つ。
体内の秒針が正確に刻まれていく。
力を精一杯振り絞り、足の回転を加速させる。
安全装置に触れた瞬間、タイマーの音が鳴った。
その音に束の間の達成感が胸を満たす。
理恵がその安全装置に手を触れて、読み解いていく。
「カチャリ」
発電所の中央の柱に貼り付いていた時計が動き出した。
「第3段階突入だ」
飛鷹が咆哮を吐き、トランシーバーを掴んだ。
それぞれ地図通りの場所に走り出していく。
僕の担当は博物館の前。
鈴が公園の前、隼人が商店街の前、飛鷹が一番遠い市役所の前、理恵が広場の前。
設置されたレバーの前へ辿り着き、ポケットに入れておいたトランシーバーを取り出した。
「こちら想空、博物館前に到着。どうぞ」
まるで、スパイ映画の一場面のように。
「ああ、こちら飛鷹。こっちも着いたぜ」
僕の応答に苦笑しながら、息を切らす飛鷹から返事が返ってきた。
「よっしゃ。全員着いたから、早くレバーを引こうぜ」
「タイミング合わせてな」
隼人が高ぶる飛鷹を抑え、声を揃える。
「せーの」
掛け声とともにレバーを引き倒した。
「どうだ。いけたか?」
隼人の声に興奮気味に「いけたよ」と返す。
声が飛び交って、胸いっぱいの達成感が詰まっていく。
「ミッション達成。発電所の修理ありがとう、ってさ」
発電所の影から西川さんが現れて、死神さんの家へ訪ねようとしていた僕達を止めた。
「死神さん、毎日忙しそうでさ。なるべく負担掛けたくないから」
そう語る西川さんに見送られ、僕達は黄泉の都を後にした




