―第52章― 私を照らしてくれた人の為の理恵の「喜憶」
私は勉強ができたから、露骨な虐めなどを受けることなく、平穏に日々を過ごせていたのだと思う。
何も行動しないんだから、それですら恵まれたこと。
だけど、それでも無機質に無感情にずっと一人だった。
時折、気まぐれに話しかけられることはあったけれど、話しかけられても私は淡泊な相槌を返すだけ。
新たな話題を振ることもせず、ただ相手の言葉に頷く。
そんな会話が楽しいと思われるはずもなく、こうするべきなんだろうと思い浮かべながら、行動に移さない。
自分は虐められたくないって思うだけで、人と仲良くしたいっていう意思が皆無。
そのうち、その話しかけてきた子は仲の良い友達を見つけて、「またね」と言い、走り去ってしまう。
その「また」という機会はなく。
確かに、自分がコミュニケーションに向いていない事は痛いほど分かっていたし、人とコミュニケーションを取らずにいられるならそっちの方が気兼ねなく過ごせるなんて思う場面もある。
だけど、ペアを作る時は必ずと言っていいほど余り、組んだ子は嫌そうな顔をするし、目が合うと気まずそうに反らされる。
そこまで行ったら、いくら私でも孤独感は抱く。
右心室の入り口で感情が詰まり、心の奥底に沈殿していく。
心の溶解度が感情の重さに勝てない。
やるせないようなそんな感覚を抱くが、何か行動する意欲が湧かず、変わりたいという強い意志もなく、ただ淡々と終わりを待つように日々を過ごしていた。
千夏が転校してきた始業式の日、私はいつも通りブルーな気分だった。
いつもより何倍も教室が騒がしく、孤独感を倍増させる日。
千夏の自己紹介は楽しそうで、どうせ明るい子に群がるタイプだろうなんて、眺めていた。
移動教室にわざわざ文庫本を持ってきてまで、休み時間ぎりぎりまで本を読む。
無機質に無感情にただ一人、私は浮いていた。
本は嫌な感情から逃げて、目を反らすための道具。
「何、読んでるの?」
千夏は私に笑い掛けた。
嫌な顔ばかり向けられる私に、千夏は本当の笑みで笑い掛ける。
「えっと、ミステリー?」
ただ頷くだけで、話題を提供することも面白い相槌も打たない私とのコミュニケーションを千夏は続けてくれる。
どうでもいい、面白いことなんて何もないはずなのに、あの笑顔で笑ってくれた。
その瞬間、無機質だった世界が花開くように色付いた。
私にとって、その瞬間、千夏は太陽だった。
私に唯一、笑顔を向けてくれる人。
だから、私は千夏に絶対的尊敬と信頼を向けていた。
私に、嘘偽りのない笑顔と言葉を向けてくれる人がいなかったから、その対象を実像以上に偉大に見て、偶像を押し付けた。
私が千夏に与えるべきだったのは、きっとそれじゃなかった。
強がりじゃない、ありのままの弱くてちっぽけな千夏を許す心だった。
いや、許すじゃない。
互いに支え合う。
私達は上も下もなく対等のはずだった。




