―第45章― 千夏が8月を生き永らえる為の想空&隼人の「忍安」
想空
少し霞んだオレンジ色の空にうっすらと青が残り、雲はのんびりと長く伸びている。
月1の輪廻転生についての講演会終了後、上を見上げると、やはり空は漆黒に染まっていた。
「今月の8月のミッションは、6月と似て、孤島に行って救助者を探してもらうことだ。よろしく頼むな」
帰り際に、死神にその島までの地図を手渡された。
6月の失態。
僕は自分の好奇心のせいで唯一庇ってくれた隼人に怪我をさせてしまった。
死者の都の性質上、何の後遺症もなく治ったからよかったものの、もし下界での出来事だったら、僕のせいで隼人のスポーツ人生が変わってしまう可能性もあった。
今度はちゃんと、好奇心に振り回されないように、人に合わせられるように。
息が詰まるとしても、仕方ない。
仕方ないとかしょうがないって言葉は、大人が適当な言い訳をする時に使う言葉だから嫌いだった。
なのに、自分の言い訳ではその言葉を使ってしまう。
大人の言葉の不可解、それが少し分かった気がして、嫌気がさした。
翌日の8月7日土曜日。
5人全員の予定が丁度合ったので、その孤島に行くことが決まった。
セレフィーナ島。
一面に真っ白のお花畑が広がっていて、神秘的な島として死者の都からも観光で訪ねる人が多くいる人気の島。
そんな優雅な島だというのに、救助者が出ることにはもちろん理由があった。
というのもこの島、辺り一面が花畑である為に島の中で迷子になってしまう人が多くいるのだ。
今回、救助する人は30代半ばの夫婦とその子供である7歳の女の子。
6月同様、隼人と飛鷹が櫂を持って、船を漕いでいく。
水面は鏡のように透き通り、船の櫂が水に触れるたびに淡い波紋が広がる。
顔に付いた飛沫が心地よく感覚を刺激した。
くねっていた心の角度が僅かに真っ直ぐになったように感じる。
遠くに白く霞んだ島影が見えてきた。
近づくにつれて、霧のむこうに無数の白い花が揺れているのが分かる。
船が岸辺に触れると、砂浜を埋め尽くすほどの白い花びらが落ちていた。
小舟をその場に止めて、島に一歩足を踏み入れると空気が変わる。
まるで魔境の地にいるような、足が吸い込まれていくような感覚。
島全体が雲の欠片のように柔らかく眩しいくらいに輝いている。
空はどこまでも青く澄んでいて、太陽の光が花びらの繊維に透けて一つ一つが小さなランプのように煌めいていた。
風の音も、鳥の囀りも全てが遥か彼方に聞こえ、真っ白い花達が風に揺れて囁く音だけが耳に届く。
「綺麗だ」
その言葉を反芻するように小さく呟いて、僕の後ろを他の4人が続いて来る。
また、やってしまうところだった。
好奇心のままに動いて迷惑をかけるところだった。
「ごめん」
小さく俯いて、理恵の後ろに回る。
僕が突っ走ったらミッションを失敗に導いてしまう。
好奇心は僕の悪いところだ。
そのせいで、僕はずっと笑われて馬鹿にされて、除け者にされてきて。
そうだ、僕が好奇心旺盛なんて特性を持っていなければ、こんな生き苦しさも感じることはなかったんだ。
僕の好奇心なんて、何も生み出してくれない。
こんな大切な人に迷惑ばかりかける特性なんて、捨ててしまった方がいい。
その方が生きやすい。
その方が、どんなに苦しくても、合ってる。
目の奥に溜まっていく見えない雫を堪えて、好奇心を押さえつける。
走り出したくて息苦しくても、耐えろ。
耐えろ。
きっと、その方がいい。
「想空の好奇心旺盛に付き合ってやろうぜ。俺達はそういう千夏に救われてきたんだからさ」
場を盛り上げるように、明るく張られた隼人の声が、意識がフェードアウトし始めていた僕の頭に反響した。
様々な記憶が脳みそに蘇って、感情が込み上げ出す。
好奇心なんて、無い方がいい。
押さえつけて、押さえつけて、押さえつけて。
そうすれば、僕は普通に、孤独を味合わずに、誰にも迷惑をかけることなく生きられる、って。
いや、違う。
違うって、千夏が教えてくれた。
僕の好奇心旺盛に価値があるって、千夏が言ってくれた。
「好奇心旺盛って自分が感じた謎を忘れることなく、深く理解して、人よりも何倍も何倍も知識が増えていくことじゃん。それって、凄くカッコイイじゃん。何も恥じることないと思うけどな」
そう言って、クラスメイトに罵倒されて下を向いていた僕に、笑い掛けてくれたのは他でもない千夏だ。
僕は僕らしく、そのせいで馬鹿にされても好奇心旺盛という特性を失わず生きていく。
千夏のくれたカッコいいって言葉、月並みだったけど、カッコ悪いだとか、馬鹿だとか言われてた僕には、これ以上ないくらいに嬉しかったんだよ。
僕はもう、普通なんて求めない。
千夏のように僕の好奇心旺盛をカッコいいって褒めてくれる仲間がいるんだから、そんなもの必要ない。
「じゃあ、想空の作戦に則って、救助者を探そうぜ」
不意に肩に重みがかかって、ぬくもりを感じた。
6月の時、僕に一番怒っていた飛鷹の腕。
一番反対するはずなのに、不可解。
「なんで?」
後ろを振り返って、つい口に出してしまった。
ヤバい。
そう思ったけど、そんな必要はなかった。
「うるせーよ。隼人に説得されたんだよ」
顔から耳の先まで真っ赤にして、それを誤魔化すようにはにかんで笑う。
さっきまで身体中を蝕んでいた自責の念と劣等感が溶け切って、夕陽に照らされるほどの暖かさを感じ、頬が火照った。
隼人
想空の作戦に従って、死神の助手になった西川さんがシエルヴィア島に迷い込んだ時の作戦を見習い、現世から持ってきた布切れを通る道に落としながら進んでいく。
「この花は、ホワイトコスモスって言って…」
いつも通り知識を振る舞う想空に安心感を覚えた。
いつの間にか、この解説がなくなると喪失感を抱くようになっていたみたいだ。
分かりやすく親しみやすい解説で、第一印象よりもさらにこの花が美しく見える。
ホワイトコスモスで埋め尽くされた小道を通っていくと、道の先に人影が見えた。
死神からの話の通り、夫婦と小さな子供。
「黄泉の都から救助隊として救助しに来ました」
3人とも体調は良好。
帰り際、行きに落としていった布切れを拾いながら、船へと戻った。
帰りの船が行きの船よりも心地よく美しく感じた。
それは、夕焼けの美しさのせいか、それとも感情のせいか。
千夏の苦しみも知らずに、澄み切った気持ちのまま俺は櫂を漕いでいた。




