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―第44章― 試合終了後の為の隼人の「往昔」

 さっきまでの会場の喧騒が遠く離れていく。

 肺の中に残った熱い空気を吐き出すと、身体中を滾っていた熱気が、霧が晴れるように退いていった。

 相手選手の荒い呼吸もベンチから届く歓声も、今はただ透明な音の粒として鼓膜を叩くだけだった。


 勝てなかったか。

 その事実は、鋭利な刃物で心臓をひと撫でされたように冷たく静かな痛みを伴うはずだった。

 だが、俺の胸に湧いた感情は喪失感だった。

 快楽が終わってしまった悲しさ、寂しさ。

 試合終了後の喧騒が心に穴が開いたように寂しく響く。


 空を仰ぐと、太陽の光が煌めくように反射した。

 網膜を刺すような鋭い光に、たまらず目線を地面に向ける。

 視界の隅で風に揺らされる芝生の緑、夕暮れに染まり始めた空の青が一段と美しく思えた。

 全力を出し切った身体は空っぽのガラス細工のように軽く、どこまでも澄み渡っていた。


「またやろうぜ」

 コートを過ぎ去っていく相手に小さく呟いた言葉が耳に木霊した。

 相手はそのまま気づかずにコートへ戻って行く。

 全力を出しても勝てなかった悔しさが込み上げてくるのは、多分もっと先のこと。

 俺はいつ、相手のラケットをもぎ取ることが出来るのか。

 その結論は出ない。

 今日以降の対戦も負け続けるかもしれないし、これ以降対戦はないかもしれない。

 それすら、わからないまま。

 今はただやり切った自分自身の輪郭だけが鋭く、等身大のまま存在していた。



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