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―第43章― 隼人の全国大会の為の鈴の「滾熱」

 隼人の全国大会は、私達が住む静岡県の隣の県、神奈川県で行われる。

 隼人は部活の仲間と一緒に早めの時間帯に会場に向かい、私、理恵、想空、飛鷹の4人は観覧者入場時間のギリギリに会場に着いた。

 ちなみに千夏は理恵が抱えたタブレットで、校外学習同様、オンライン観戦をしている。


 昨日、私は千夏のお見舞いを終えて、病院の廊下の角を曲がったところで隼人とすれ違った。

 隼人は私に気付かず、通り過ぎていった。

 その表情はどこか強張っていて緊張しているようだった。

 しかし、そんな記憶は幻のように、隼人はコート上で悠然とラケットを振るっている。

 観客のざわめきがまるで遠い波音のように耳に響く。

 真剣な眼差しで相手コートを見つめて、私には見えない何かを見つめるように綺麗にコートの空いているところを狙って、球を打ち込む。

 スマッシュもドロップも順調に決まり、勝利を積み重ねていく。

 あんな簡単に、いや努力を重ねたからこその簡単、と分かっていても羨ましく思わずにはいられない。

 それほどに美しかった。


 決勝を控えて、お昼休憩。

 私達は持参したお弁当を観客席で食べた。

 千夏は大好きなはずの肉じゃかに全く口をつけず、箸は持つ手がどこか情けなかった。

 騒がしさと共に、徐々に緊迫していた空気が緩んでいくが、ベンチに座って昼飯を淡々と口に運ぶ隼人はその硬い面持ちを崩さずに、どこか一点を見つめていた。

 見据えている先、それに向けての努力。

 高みにいる隼人と自分とは全てが違い、自分の愚かさを痛感する。

 正面から向き合っていなかった自分が勝利などできるはずがなかった。

 瞼の裏が熱くなって、目を閉じて深呼吸をする。

 その事実から背を向けている自分を自覚しながら、私はそれでも彼を見つめる。


「13時から決勝戦を始めるので、選手の方は本部にお集まりください」

 やけに通ったアナウンスが流れ、心臓が痺れ出した。

 ベンチに座っていた隼人は水筒と小さめのノート、タオルを抱え、私の鼓動に逆らうように本部へゆっくりと歩き出す。

 数球のラリーを終えた後、ラケットトスをして、サービスの順番を決める。

「ラフ」

 小さく響き渡るその声に、緊張が高まる。

 隼人が後攻になり、相手方の選手が高々と球を投げ上げ、力強く打ち込んだ。

 反対側に打たれた球を隼人は器用に返すが、それもまた綺麗に返される。

 球と選手の距離は遠いのに、毎回ギリギリで追いついて、正確なスイングが放たれていく。

 だが、2人の球が綺麗に繋がっていたのも束の間、相手方に左右に振られて隼人の失点が増えていき、1ゲーム目は相手が先取した。


 次のゲームへ変わっても、相手方の勢いは止まらずにスマッシュは綺麗に決まっていく。

 それでも、隼人は表情を変えない。

 動揺を見せたくないのか、それとも本当に動揺していないのか。

 点を取られて、劣勢になっていく中でも淡々とボールを返していく。

 その感情はいったい何なのだろう。

 テレビで大活躍している選手の映像を見ると、それが嬉しいのか、当たり前なのか、苦しいのか、無感情なのか、よく考えてしまう。

 が、遠く隔たれた壁のようにその先の感情は壁を越えていない私達には一文字として読み取れない。

 自分は隼人に勝って欲しいのか、負けて欲しいのか。

 それすらわからないまま、ボールが行き交うコート上を見つめる。

 隼人は深く息を吸って、天を仰いだ。

 その背景の青空が妙に青く澄んで煌めいた。

 半歩下がって、素早くボールをトスする。

 彼の身体がしなやかにしなり、足元から伝わる力が腰、肩、腕へと流れていく。

 球は風を裂くように一直線に飛び、相手が反応するよりも早く白線の内側で弾んだ。

 ノータッチエース。

 観客のどよめきの波紋がゆらりと広がる。

「フッ」

 相手が軽く笑ったように見えたのは幻か。

 隼人はこの危機的状況を愉しむように、相手はその状況下の中ノータッチエースサーブを繰り出した相手との対戦に滾るように。

 冷徹だった相好が崩れた。

 快楽に溺れるが如く、表情が移り変わり、賭けの球が互いに増えていく。

 負けそうなのに、強烈に楽しそう。

 打っては返され、打たれては返し、セット数も取られては取りを続けている。

 互いの表情が空気を震わせ、見ているこちらも焦がれてしまう。

 観客の歓声もいつしか静まり返り、シューズがコートをこすり合う音だけが響いている。

 読み合いと反応の応酬、一瞬の判断が勝敗を喫する。

 まさに、一進一退の攻防。


 セットカウント、6対7。

 試合終了のホイッスルが鳴り響いた。


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