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―第40章― 私が7月を生き永らえる為の千夏の「惜別」

 病気が見つかる前の8歳の時に親戚に連れられて行った花火大会。

 その後、一度退院したものの中1の時は行かず仕舞いで、それが最後。

 7年ぶりに見た打ち上げ花火だった。


 深い藍色に染まった夜空に轟音が響き渡り、光が弾け散る。

 空が一瞬、息を呑んだように静まり返り、次の瞬間、大輪の花が夜空に咲く。

 極彩色が弾けて、心を震わせていく。

 まるで夢の中にいるような幻想世界。

 藍に映し出された金と紅の光が、人々の表情を優しく照らし出す。

 楽しいという感情に満ち溢れ、心が焼け付くような熱さを感じる。

 花火の音が胸の奥まで響き渡り、心の奥底から湧きあがる感謝の想いと喜びが込み上げてくる。

 どうか、この鼓動が途切れませんように。

 目の前で炸裂する花火を前に、私は祈る。

 ラストの花火、地面に落ちていく金色の火の粉の軌道が名残惜しく、寂しかった。

 花火が終わった後もその光の幻影が、空を見上げるたびに映る。

 金色の光の線が瞼の裏に消えずに焼き付いていた。


「ヤバイ。ネクロポリスの方の来場者数が25万人を超えてる」

 ネクロポリスのお祭り会場と中継で繋がっているディスプレイを見て、隼人が叫んだ。

 死者の都の方の来場者数が25万1403人で、ネクロポリスの方が25万203人。

 しかも、ネクロポリスは入口での呼びかけによって急激に増えている。

 もし負けたら、私の命がこの瞬間、終わる。

 お願い、どうか増えないで。

 私は相手の不幸を願う。

「一回、外で来てくれる人探しに行くぞ」

 隼人に勢いよく震えていた手を引っ張られて、人波に揉まれながら走り出した。

 疾走感に包まれ、景色が視界の隅を流れていく。

 鼓動が高まっていく。

 久しぶりに走った感覚。

 風が心地よい。


 祭り会場を飛び出して、電気が灯った家を訪ねた。

「すみません。少しだけでいいので、お祭り来て下さい。お願いします」

 深く、深く頭を下げて、家々を後にする。

 ネクロポリスと死者の都の差はもう僅か20人。


「さあ、残り3分。熾烈なデッドゲームだ」

 囃し立てるようにディスプレイから大きな声が響き、焦燥感を煽る。


「お願いします」

 手当たり次第に頭を下げて、来てくれる人を募る。

 隼人の背中が強く遠かった。

 冷たくあしらわれても、必死に頭を下げてお願いし続けている。

 弱音も吐かずに、必死に。

 みんな、これまでこんな私のために。

 私なんかに5人の真摯な姿勢が向けられていいのだろうかという焦燥にも似た罪悪感を抱えながら私は走った。

 自分自身の行動で自分の生死が確実に決定してしまうのは怖い。

 誰のことも責められずに、自分のせいのみでここから逃れなくてはならないから。

 お願いだから、勝ってくれ。

 お願いだから。

 掌に爪痕が残るほど拳を強く握り締めて、逃げ出したい衝動を耐える。

 お願いって、瞼に溜まる涙を耐える。

 感情も思考も纏まらない。

 だけど、必死に走る。


「残り、あと20。19、18、17、」

 お願い。

 お願い。

 鼻の先から目頭にかけて、水が滴っていく冷たい感覚が走る。

「祭り会場に走るよ」

 隼人の叫び声が響き、最後の力を振り絞って走り出す。

 お願い。

 今、この瞬間だけでいいから足を速くして。

 お願い、あともう少しだけ待って。


「あと5秒」

 脚がまるで意思を持った別の生き物のように、土道を力強く蹴り続け、お祭り会場に辿り着いた。


「待って。あの子…」

 鈴が小さく呟き、隼人がお母さんとこけた小さな子供の下に向かう。

 そして、その男の子をおぶり、懸命に走る。


「3、2、1、0」

 ディスプレイから大きく、終末の声が響く。


「結果は__」

 心の奥が妙に冴えて、心拍だけが上がっていく。

「死者の都25万1768人、ネクロポリス25万1766人。この激戦の勝者は死者の都です」

 アナウンスが大きくその場に響き、歓声の波もまた広がっていく。

 嬉しさよりも安心。

 やり切った達成感が強かった。

 祭りの余韻が街を包み込み、静かな夜風が頬を撫でる。

 後ろにしゃがみ込む鈴は「ありがとう」と繰り返し、その男の子の頭を優しく撫でている。

 人々の歓声と笑顔が耳の奥に残り、心を温かく照らしてくれた。



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