―第26章― 千夏が5月を生き永らえる為の死神の「感嘆」
布団から起き上がって、日めくりカレンダーを破ると、5月31日の数字が飛び出した。
欠伸をかみ殺して、机に向かう。
「今日はミッションの結果が分かる日か」
輪廻転生希望者は月の最後の日に広場に集まって、一人一人が契約状に署名をすることで輪廻転生ルートに入る許可が下りる。
あの5人は広場を借りて、毎回のように演説をしていたっけ。
どうだろうな。
一生懸命に強く訴えていたし、少しは心に響く人がいて、増えるかもしれない。
だが、死者の都の方が危険も少なくて生きていくのが楽だから1000人増やすのでも難しいだろうな。
ふと時計を見上げると、8時過ぎを指し、輪廻転生希望者が広場に集まる時間が差し迫っていた。
寝巻きから少しかしこまったスーツへ着替えて、小走りで広場へ向かう。
その広場の周辺には小さな子供からお年寄り、多くの人が群がっていた。
広場に入りきらないほどの輪廻転生希望者がいたのだ。
俺が輪廻転生希望者集めのためにどれほど苦労してきたのか。
その全てが幻であったことを疑うほど、広場は人で溢れていた。
その人だかりに頭を下げながら、やっとのことで列の先頭付近に近づくと、そこにはあの5人がいた。
これを本当にあの5人はやってのけたのか。
信じられない思いと尊敬の念が身に走る。
いつもは深刻そうな顔で輪廻転生希望の列に並ぶ人々の表情が今日は一段と希望に満ちている。
どうやってやったんだよ。
5人の姿が言葉を失うほど美しく写った。
俺が成しえなかったことを1ヶ月の短期間でいとも簡単にやってのけてしまう。
「すげえな」
死神とか生者とかミッションとか、そういう全てがどうでもよくなるくらい単純にそう思った。
「お、死神。これはどう考えてもミッション達成だろ?」
輪廻転生希望者の列を綺麗に整頓していた飛鷹と目が合うと、ドヤ顔で駆け寄ってきた。
その後に、他の4人も俺を見つけて駆けてくる。
「ああ、そうだな。文句ねえよ」
自然と笑みが浮かんで、心に炎が灯ったように熱くなる。
「それより、どうやったんだ?」
「この広場で集会をしたんだよ。語れる想空がずっと話して、他四人で疑問解決って感じでな」
意気揚々と得意満面に誇らしげに、飛鷹が経緯を説明していく。
チラシを投函する程度で、対面で話してこなかった俺には考えつかなかった発想が次々に繰り出されていく。
「すげえな」という言葉が心の中でもう一度零れて、まだもう少し生かしてやりたいなんて思った。
「その集会、月一でやってくれよ」
そうしたら、輪廻転生希望者の減少が解決するんじゃねえか。
他の国ではくじ引き制になっている輪廻転生をどうにか希望者の形でやってきたけれど、それももう潮時と思っていた。
が、このまま強制ではなく自分の意思という形で続けることができるんじゃないか。
「それが毎月のミッション?」
「いや、ミッションとは別にお願い程度だよ。拒否権はあるし、断っても千夏は殺さない」
5人にとって一ノ瀬千夏の延命ミッションの為に死者の都に来ている訳だから、それに関係のないお願いをするのは虫のいい話すぎるか。
「いいよ。やってやろうぜ」
そう思ったのも束の間、あの得意満面の顔でくしゃくしゃに笑った。
5人が募ってくれた輪廻転生希望者全員、計150676人分の契約状の受理の業務を終え、疲労困憊の身体を引きずりながら帰宅の途につく。
通常の倍近い人数の受理をこなしたことで、想像以上の疲労が身体を襲い、翌日は丸一日かけて体力回復のために費やしてしまった。
起き上がった頃には6月1日の午後5時を軽く回っていて、溜息を漏らした。
寝起きの身体にも昨日の高揚感がまだ残っていて、心臓の鼓動が微かに速かった。
「今が6月だから、半年後の8月には千夏はどちらにしろに死ぬんだよな」
死神の権限で死者を延命させられるのはわずか半年。
だから、あと3か月しか延命することはできない。
上からの監視はそれほど厳しくないが、もし、バレたらそれこそ今まで堅実に積み上げてきた死神という役職を失うことになる。
生者に情を抱いてしまう奴なんかに死者の都の有権者は票を入れないだろう。
自分を無慈悲に殺した奴がただ平等に刻々と命を奪うのならば割り切れるが、他者に慈悲を抱いて生かしたら恨まれて当然だ。
どうせ、死神は嫌われる役職なんだよなというネガティブ感情に囚われてしまう。
俺だって、死神を恨んで死神になったわけだし、一般的な悪循環だと分かっているが、それでも死者の都の為に必死に働いてきたつもりだから、僅かに寂しさも抱いてしまう。
5人のようにただ純粋に人々に好かれる存在になれたらいいのに。
まだもう少しだけ。
人々から死神に対する絶対的賞賛が得られないと分かりながら、未練がましいと思うが、もう少しだけ希望を見ていたい。
俺が成しえなかったことを簡単にやってのけてしまう5人ならば、それができる可能性を感じるから。
その時、家の戸が叩かれた。
「すみません。私の夫を探していただけないでしょうか」
戸を開けると、1年ほど前に死者の都へ連れてきた30代半ばの女性が立っていた。
半年ほど前に西川優太という名の男性と婚姻を結んでいたが、その男性が一ヶ月ほど前に出かけてから帰ってきていないそう。
「行方不明者届という事で受理しておきますね」
書類に名前や年齢を記入してもらったが、その間も目から涙が絶えずに流れ出て、痛ましい姿だった。
死者の都に連れてきた時は「なんで私を殺したの」と身の危険を感じるほど反抗してきた為、記憶に残っていたが、今の彼女からはその時の面影はなく、生気すら感じられない。
命を奪ってしまったことの罪悪感を今さら抱き、せめてもの償いとして彼を見つけてやりたい気持ちが芽生える。
日常の悩みに引き戻されて、未来への不安と期待を俺は心の底へ押しやった。




