―第25章― 千夏が5月を生き永らえる為の想空&隼人達の「勧誘」
想空
「世界の小さい機微程度の希望って何だろう」
日頃の生活の中で楽しいこと、嬉しいこと、幸せだと感じること。
理恵達からそれを考えておくように言われたけれど、僕にとっての世界は未知ばかりで疑問に繋がってしまう。
キラキラと夜空に光る星を眺めた瞬間、初めて死者の都に行った時の死神の言葉が脳裏にフラッシュバックした。
「死者は夜目が効くんだよ」
死者の都は空の上にあるせいで、昼も夜も真っ暗。
ライトによりある程度の明るさは保たれているが、現世より暗く、空の美しさは感じられない。
ずっと真っ暗闇で何の脈絡もない。
それが当たり前。
僕にとって空はなんとなく落ち着くもので、綺麗な空を見ると幸せな気持ちになる。
空が無い事は何かが抜け落ちたような喪失感を覚える。
小さな機微程度の幸せ、これなんじゃないか。
「空の景色はどうかな」
スマートフォンの連絡アプリを開いて、送信。
ついでに、見惚れていたこの夜空の写真を添付した。
数時間ほど経ってスマートフォンを見ると、既読5となっていて、理恵と隼人と飛鷹の賛成意見がついていた。
「そういう綺麗な写真を死者の都に持って行って、現世の良さを肌で感じてもらうのがいいんじゃないかな」
千夏のメッセージもあり、僕はアルバムに保存された空の写真を見つめた。
天文部で撮った様々な季節ごとの星座の写真。
よかったという安心感と認められた達成感が降りかかり、僕は空を眺めていた時よりも強い幸せの感情を抱く。
幸せの言語化は難しいものの、少し理解できたような気がした。
隼人
「綺麗な景色、沢山撮ってみたよ」
メッセージアプリには想空から届いた数十枚の写真があった。
道端に咲く小さな花、鮮やかなグラデーションを描く夕焼け空、農家の人が一生懸命に田植え作業をしている田んぼの写真。
その写真の一枚一枚をゆっくりとスクロールしながら眺める。
自慢気にその写真を見せる想空の表情が目に浮かび、思わず笑みが零れた。
後日、想空が撮った写真を家のプリンターで現像した。
それでも前回と同様、いい返事を得られないかもしれない不安を抱えながら、俺は鏡の中の水面に飛び込む。
死者の都の空は闇のように暗かった。
「まずはこの家からだよな」
理恵が前回記録していてくれたノートを参考にあと10日の時間の無さも考慮して、説得の余地がありそうな家から順番に訪ねていくことにした。
木彫りの古風の雰囲気が漂う家の扉にそっと手を当てて、ぬくもりを感じる。
深く息を吐いて、扉を開けた。
「すいません」
ガチャリと扉が開いて、老夫婦が現れる。
死者の都では下界の亡くなった年齢のまま存在するため、下界よりも少子化は進んでいる。
また、子供の八割は児童養護施設のような場所で集団生活をしていて、両親がいたとしても血の繋がりはなく里親という形。
「輪廻転生の件でお伺いしたのですが…」
眉間に皺を寄せてこちらを見つめる姿に身が縮む。
「前にお断りしましたが…」と、扉を閉めようとしてしまう。
母親がセールスの人を追い返す場面を見たことがあったが、追い返される側になると結構辛いものだ。
「もう一度だけお願いします。下界の魅力を見つけてきました」
深く頭を下げてお願いすると、仕方なく家の中に入れてくれた。
「俺達なりの下界の魅力をスピーチするので、聞いて下さい」
そう言って、痺れる空気でも気後れせず、好きを延々と話し続けられる想空を前に出す。
想空が写真を見せて、理恵のノートに書かれていた変化を恐れる気持ちに寄り添いながら、昔の懐かしさが思い出されるようにゆっくりと語り掛けた。
想空が熱心に飽きさせることなく話してくれたお陰で、日が暮れる頃には「下界も悪くないかもね」と柔らかに笑ってくれた。
翌日は老夫婦の隣の家である、以前、飛鷹を助けてくれた夫婦の家を訪ねた。
同じように下界の魅力について話すと、「私達は子供がいるから下界には行けないけど、そういう世間話はよくするから興味がある人は沢山いると思うよ。広場を借りてそこで集会を開いてみるのはどうかな。集団だからこそのノリで乗ってくれる人も増えるかもしれないしさ」とのアドバイスをもらった。
それを元に、次の休日は夫婦が予約してくれた広場で集会を開催。
主に想空が話し、質問がある人には4人が個別に説明し、理解を深めていく。
俺達の根幹にあるのはもちろん千夏の延命。
けれども、それの為に道徳心を投げ打って、輪廻転生者を増やすことをしたくない気持ちはあって、だからこそ集まってくれた人が少しでも後悔しないよう、マイナスの部分もできる限り説明した。




