―第22章― 千夏が5月を生き永らえる為の理恵達の「煩悶」
昨日から全く進んでいない塾のワークを閉じて、公園に向かう。
全てが脱力感に満ちていて何をやるにもやる気が湧いてこない。
問題の難易度はそれほど高くないのに、考えている間にふと何のきっかけもなく死にたいという言葉が溢れ出てくる。
具体的に何か苦しさを抱えているわけでもないのに、何処か息苦しく死にたくなる。
けど、それすらも生きたいと願う千夏に罰当たりだという罪悪感。
「あ、おはよう。理恵」
気を使って話しかけているのがあけすけだ。
どことなく声がぎこちないし、振り上げた手も右往左往している。
「おはよう」
私は鈴の顔を見ずに軽く下を向いたまま答える。
無理だな。
一回やってしまえば簡単なものなのだろうか。
怖い経験をしたこともないのに、どうしてか人の言葉に身構えてしまう。
5人が集まったところで、鏡を開けて死者の都に飛び込んだ。
みんなは死者の都へ行くこの波が不思議な感覚であまり好きじゃないと言うが、私は結構好き寄りだ。
どっと疲れるし、本質的な息苦しさがある。
だけど、その息苦しさに心が安らぐ。
「じゃあ、一軒ずつ輪廻転生に対する気持ちと理由を聞いて回るか。理恵はノートよろしくな」
頭がいいからって何も考えずに言ったのだろう。
けれど、誰でもいい係を押し付けられたような気が勝手にして、僅かな疎外感に苛まれる。
たが、それに反抗する気もなく私は鞄から筆箱とノートを取り出した。
まだここに来たばっかりで気持ちの整理がついていない人。
現段階が幸せで、わざわざ下界に行く理由がない人。
輪廻転生という可能性に対してまだしっかりと向き合ったことがない人。
誰も行きたがらないことへの未知の恐怖。
輪廻転生を希望すると声を上げることに勇気が要ると言う人。
輪廻転生自体が嫌という訳ではないが、根拠もない恐怖に追い掛け回される人。
輪廻転生をしたらこれまでの記憶を失うし、赤ん坊からやり直さなくていけないなんて負担が大きすぎると、怒りを訴える人。
自分の人格全てが変わってしまうんじゃないかと怖がる人。
様々な声があったけれど、前向きに考えている人はいなかった。
その事実は何の意外性もなく呑み込める。
そうだろうなというか予想通りという感じ。
こんな状態で輪廻転生希望者が86000人に届くのだろうか。
この調子だと、平均の85000人よりも減ってしまう気さえする。
殺風景の病室。
千夏の病室で死者の都の人々の考えをメモしたノートを見せた。
「こういう時はやっぱり物事を客観的に捉えられる理恵が向いてるんじゃないかな」
何も知らない千夏は無邪気に笑う。
「そうじゃないよ。私のは客観的というよりネガティブだから」
そう、私は余命を告げられている千夏の隣で死にたいなんて考える薄情な奴。
千夏が言う私の長所だという客観的はただ私が何にも関心が湧かず、真剣になれないから。
「そうかなあ。理恵は意外と本質を捉えている気がするよ」
「本質?」
「ほら、これとか。言った人の言葉のままじゃないでしょ。その言葉に乗っている気持ちを推察して書いてる」
確かにそれは気まずそうな表情や動作からなんとなく書いたところだけど。
でも、それは本質を捉えていると言えるのだろうか。
「理恵の思う現実をぶつけたらいいんじゃないかな。マイナスの感情で拒否しているなら、マイナスの感情に向き合っていかないと」
千夏の表情は、はっきりと芯を持った強い色に変わっていた。
「何か行動できる訳でもない私が言った所で、他人事かも知れないけどね」
感情の揺れを抑えられずに、声が弦のように震えている。
下を向いて俯いて、それでもと訴えかける。
千夏は強い。
私なんかより、千夏が生きればいいのに。
そう何度思ったところで、叶わない。
俯瞰してそんな言葉を綴る脳と、高揚して震える心が乖離していく。
「分かった」
高揚を感じながらも冷たい不思議な感覚。
「ありがとう、千夏」
私は病室から飛び出し、勢いよく駆け出した。
恐怖心と行き場のない息苦しさから、一瞬の間、道先が見え、解放された気がした。
その道先の通りに動いたって、千夏の未来が約束されている訳じゃない。
それでも、その恐怖に興奮している自分がいる。
衝動。
何の考察も根拠もないのに、突っ走れば成功するという確信だった。




