―第21章― 千夏が5月を生き永らえる為の理恵達の「思案」
あっさりと平凡な一日に戻ってしまった。
朝8時に家を出て午後3時ごろまで授業、1時間部活動をして、その後2時間塾。
そんな変わり映えのない毎日。
校外学習で鈴や想空と仲良くなれたと思ったのに、相手からすればクラスメイト程度の会話を交わしたくらいなのだろうか。
日常はそんな簡単に変わるはずもなく、私は一人静かに本を読んでいる。
昨日、死者の都に行くと死神は、千夏が5月を生き永らえる為の次のミッションを告げた。
「輪廻転生者を平均値よりも1000人増やすこと」
死者の都には30万人近くの人が暮らしており、下界で亡くなった身体の状態のまま老いることはない。
また、回復せずに2回死に値する損傷を受けたケースを除き、不死になる。
致命傷となる傷を一度負ったとしても数日眠れば治る為、死の確率はほぼゼロで死に対する恐怖も感じなくて済む。
以前に読んだ資料の通り、本来、下界で死んだらその記憶を持ったまま死者の都へ、死者の都から記憶は無くして下界へという流れを繰り返して、この世界は成り立っているはずだった。
が、死の恐怖もなく記憶も失わずに済むのなら、わざわざ下界に戻る利点はなく、輪廻転生希望者が減少しているという現実にも頷ける。
「平均が85000人と言っていたから、目指すのは86000人か…」
この世界で暮らしている30万人が分母だと考えると少ないようにも感じるが、希望のない下界へわざわざ移る人を募ることは親切で動けるほど気軽な決断でもないし、難しいだろう。
どうするんだろうな。
自分もそのどうにかするメンバーに入っているはずなのに心の内で発する言葉は他人事。
所詮、取り仕切るのは私以外の4人で、私はその指示に従うまで。
その体制に不満はないし、責任を押し付けられることなく進んでいくから楽という気持ちもある。
けれども、疎外感を抱かずにはいられない。
元から自分がこういう人間っていう事は痛いほど分かっていた。
けれど、何も行動は起こさないくせに疎外感は感じるなんて、いちいち面倒臭い人間だ。
机の上に小さく溜め息を吐く。
調べてみるか。
イジイジと悩んでいたって進まない。
明朗な考えへ転向できるほど単純な人間じゃないけれど、自分的にも「この世界で生きる利点」には興味がある。
そんな言い訳をしてパソコンに向き合った。
「下界と死者の都の違い」
死者の都の情景やそこで暮らす人々の姿を思い浮かべていく。
地図を貸してくれた男性。
街中を走り回る小さな子供。
現世よりも汚くないように感じる。
隣の芝生は青いという言葉通り、死者の都の方がよっぽど希望的に思い出される。
限りある命と永遠の命。
死の恐怖の有無。
と言っても、永遠に現世と死者の都のサイクルを回っていくのであれば、死への恐怖というより記憶を失う事への恐怖だろう。
反対に、逃げ道という形で死の希望の有無というものもあるが、死んだ所で此処に辿り着くだけだと分かっているのなら、利点とは捉えづらい。
必要なのは下界の利点だというのに、今の所、死者の都の利点しか見つかっていない。
下界よりも死者の都の方がよっぽど利点があって生きやすいんじゃないか。
そんなことを訴えたら、尚の事、輪廻転生希望者は減ってしまう。
やはり、私は僅かな希死念慮に取りつかれている時点で、世界の利点を考えるのには向いていない人間。
「今月のミッションの作戦だけど、みんなはいいアイデアとかある?」
下校後、スマホを確認すると最近作った6人のグループチャットから連絡がきていた。
隼人からの問題提起。
送信から10分ほど経っているが、誰の返信もついていない。
入力欄をタップして、「どうせ、下界の利点なんかないよ」と打ち込んで、消す。
送る気は一ミリもなく、ただなんとなく言葉にしておきたかっただけ。
それを認めるのは千夏が死ぬのを認めることと同じだから、送信ボタンは押さない。
生きることに希望を持っている他の4人が考えた方がきっといい。
「隼人の説得で何とかなんねえの?」
飛鷹から返信がつく。
「そんな簡単じゃないだろ。一人一人の未来が懸かってることなんだから」
「でも、どうせ来世は永遠にあるんだろ。なら、一回くらい転生したっていいじゃねえか」
「張本人だったらそう考えられないだろ」
隼人と飛鷹の議論が続いていく。
価値がない。
不毛。
何も口出しをしない自分が言っていいことではないけれど、こんな話を話したところでミッションは達成されないし、千夏は救われない。
自分は何もしないのに、その不毛さにムカつく。
自然と誰にも届きやしない溜め息を吐き出した。
「下界には未知がたくさんあるよ」
想空のメッセージが2人の議論に割り込んで送られてきた。
「でも、死者の都にも未知はあるんじゃないかな?」
千夏からのメッセージ。
何の変哲もない文章が送られただけだというのに、それを見た途端、私はほっとしてしまっている。
千夏は私を傷つけない確証が心の何処かにあるのだろうか。
「確かに、そうかもしれない」
「一回、説得とまでは行かなくても現状把握っていう事で住民に話を聞きに行ってみるか」
隼人の一言で、一旦、この話は終わりを告げた。




