―第19章― 千夏達と楽しい記憶を作る為の理恵達の「探訪」
昼食を食べて、暑さが一日の全盛期を迎える時間帯。
長谷寺では美しい庭園と観音像が出迎えてくれた。
春の花々が辺り一面に咲き誇り、色とりどりの景色に心が和んでいく。
「癒されるね」
おばさんみたく語尾を伸ばして声に出してみる。
私達は観音堂の前で静かに手を合わせて、ミッションの安全と千夏の健康を祈った。
その後は、長谷寺の境内をゆっくりと散策して季節の花々や歴史的な建造物を楽しむ。
穏やかな時間が流れていき、みんなの表情も自然と和らいでいった。
鎌倉の大仏は、中学の校外学習で来た1カ月前よりも小さく感じた。
以前は驚きと真新しさがあったからか、不安という感情のせいで実物よりも大きく記憶されたのか。
「写真、撮ろうぜ」
隼人が声を掛けて、みんなで大仏の前でポーズをとる。
肩を組んだ。
肩を組むなんて、体育大会や音楽祭前に強制的にやらされる嫌な儀式程度に思っていた。
入るところが見つからないし、入ったところで気まずいし、私も人に触れたくも触れられたくもないから、最悪な気分でしかなかった。
あんなに満面の笑みで掛け声を出して、一体何が楽しいのかと思っていた。
だけど、鈴と隼人に挟まれて肩を組んで。
心がどこかスカッとした。
飛鷹から送信された写真を見ると、不器用だけど、無意識に笑えていた。
何を得たわけでもないのに、楽しかったような浮ついた気持ちが心に残っている。
こんな感情なのかと、腑に落ちた。
「これは正式には阿弥陀如来坐像と呼ばれていて、高さは13,35m、重量は約121トンでね。1252年頃に建立したとされているんだ。あと、当初は木造だったけど、台風による倒壊の為、青銅製に作り替えられたんだって。そして、この大仏の手の形は定印という印相を結んでいて、仏が瞑想している姿を現しているらしいよ。あとね、この輪は宇宙の完全性や無限性を表していて…」
想空が解説員顔負けの解説を延々と聞かせてくれるから調べずとも多くの豆知識が耳に入ってくる。
自分は人が持っている何もかもが羨ましく感じてしまう事を俯瞰的に感じた。
あんな風に一点に集中して情熱的に生きていけたらいいとか、あんなリーダーシップがあったらとか。
私は多分、平凡が嫌で何の情熱もないのに賞賛を浴びて光りたいと、凡庸に思う人間なのだろう。




