―第16章― 6人で学校っぽい楽しい思い出を作る為の千夏の「追想」
タブレットに映し出された新幹線の車窓は流れるように移り変わっていく。
伊豆の山々、荘厳の富士山、長閑な田園風景、古い瓦屋根の家屋、相模湾、ビル街。
そんな風景を目の当たりにして、懐旧の念に駆られる。
病気の苦しさを知らなかった頃に行った、様々な旅行の思い出が鮮明に蘇っていく。
小3の春、私は白血病と診断された。
原因不明の発熱を繰り返して、紹介状でたらい回しに3件目の病院を訪ねた時だった。
「即入院するように」
看護師さんに点滴を打ってもらいながら、洋服などの必需品を取りに帰った母を心細く待っていた光景を今でも鮮明に覚えている。
「お医者さんがきっと治してくれるから大丈夫よ」
看護師さんが下を向いたまま点滴を受ける私に声をかけてくれた事。
だけど、そんな言葉で不安は拭き取られるはずもなく、補えない寂しさを感じた事。
親がいない、一人で自由。
入院するまで私はそのお留守番が大好きだったはずなのに。
何をしても怒られないし、誰もいない静かな空間には非日常感があったはずなのに。
入院生活に慣れた今はその静かな空間が日常で、誰もいない空間には解放感なんてものは消え失せて、寂しさが残るだけだった。
病室の隅に置かれたベッドの中で、膝を抱えてじっとする。
そんな退屈な日々。
病気は一向に治らず、悪化していくばかり。
喪失感ばかりを抱き、生きていく意欲を失っていく。
髪が抜ける抗癌剤治療が始まり、脱毛は軽度で済んだものの手足の痺れや嘔吐が激しくなっていく。
もう私の人生に希望はないのだと、痛みに悶えるたびにその事を突き付けられる。
もう、生きなくていい。
どうせ苦しいだけ。
楽しいことがないのなら、死んでいい。
道徳の教科書で読んだ病気の少女はそれでも病気に立ち向かう強い子ばかりだったのに、私は早くこの痛みが終われと願うだけだった。
誰かの心に訴える作文を書くこともできず、誰にも覚えられないただの不幸な少女として散っていく。
そう思っていた。
だが、神様は情けをくれたのか、抗癌剤治療のお陰か、中1の春、私の白血病は完治した。
いや、今思い直せば、上げて落とすことで、ただ死ぬよりももっと苦しませようとしただけなのかもしれない。
そこから、段々と中学にも通い出し、今隣にいる5人と出会った。
みんなは私が救ってくれたなんて、言う。
だけど、私にみんなを救う意思はなく、ただ普通になりたくて手当たり次第に声をかけていただけだった。
みんなに平等に明るくていい子とか、病気と必死に向き合って戦ってきた子とか、そんな栄光。
私はそんな素晴らしい人間じゃない。
私はみんなが思ってくれているような純粋で優しくて強い子じゃない。
弱くて汚い。
だけど、みんなのことが好きなのは本当で。
一人一人が私にくれた言葉が嬉しくて、寂しかった日常が生まれ変わるように彩られていき、生きた心地がしないくらい幸せだった。
普通の中学生の日常は何もかもが新鮮で、楽しくて仕方なかった。
死にたいっていう気持ちはいつの間にか吹っ飛んでいた。
だが、幸せの絶頂を感じていても、病気は容赦なく降りかかる。
白血病の再発。
しかも、治療が難しいと言われている脳への再発だった。
せっかく幸せを手に入れたのに、それが音を立てて崩れていく。
私の人生にやはり希望はなかったのだ。
今回の白血病は前回の倍以上のスピードで繁殖し、体を蝕んでいった。
5人が代わる代わるお見舞いに来てくれたけれど、みんなの負担になる事への罪悪感が増すばかりで病状は一向に回復しない。
前の時とは違う。
孤独で、可哀想な少女じゃない。
だから生きようと、耐えようと5人の前では無理矢理にでも、辛くて涙が零れてきそうでも、どうにか口角を上げて、笑った顔を作った。
あの教科書の少女のように病気に立ち向かっていく強い女の子のフリ。
だが、それを頑張ったところで私は偽物で、死の瞬間はやって来る。
死んだような感覚で闇を彷徨う。
目を覚ますと真っ黒な暗黒世界、ではなく、いつもの病室で母が大きく歓喜の声を上げていた。
私の身に奇跡が起こったと、叫ぶ。
偽物だった私を神様がやっと認めてくれたんだ。
こんな汚い私でも生きていいんだと許しを貰えた。
苦しさと痛さに悶える日々とは、おさらばできるのだと心から嬉しかった。
だけど、延びる命は永遠じゃなかった。
5人が死神と契約して、私の命を延ばしてくれていただけだった。
私には何の力もなかった。
いつ、この命の灯火が消えてしまうのか怖くて仕方ない。
それでも、線路の上にゆっくりと止まる新幹線を感じながら、胸の中に渦巻く寂寥感を奥へとしまい込む。
一時の幸せだったとしても、短い生涯しか得られない運命だとしても、その短い生涯でいいから、その間だけは少しでも多くの幸せを感じて居たい。




