―第111章― 大切なものを失わない為の理恵達の「晨起」
夏祭りや収穫祭で笑顔を咲かす6人の写真。
鈴と千夏と語り合った本。
それらが階段として積み重なり、そして、私はなぜか一人きりで額に汗を滲ませながら、一生懸命、その階段を登っていた。
階段の頂に聳えていた瞬く光。
それに手が触れた瞬間、それはどす黒い色へと変わり、真っ青な夜空に弾けた。
光の眩しさと弾ける破壊力で私は目を覚ます。
いつも通りの生温かい布団と本棚に並べられた分厚い参考書。
そこは、いつもの私の部屋だった。
目覚まし時計は、黄泉の都に行った5日後の朝5時を指し、秒針が進む音だけが響いていた。
ほんの少し開いていたカーテンの隙間から隣の家の灯火が映る。
私は死ななかったのか。
状況が掴めない寝起きの頭のまま、私は静かに布団から立ち上がり、階段を降りた。
リビングの扉をゆっくりと開けて、ウォーターサーバーから水を酌む。
その水は食道へ流れ、胃を冷やしていく。
段々と脳は冷静さを取り戻し、先程までの戦いの記憶が鮮明に蘇っていく。
あの時点で、隼人、飛鷹、鈴、想空は、確実に1回は殺されていただろう。
だが、死者の都の原則で2回殺されない限りは死なない為、生きている希望は十分にある。
そして、千夏の件だが、全く教えられていなかったが、死神の輪廻転生と引き換えに100年の寿命を授けられる権限を死神は有していて、それを行使したのだろう。
死神さんはもともとそのつもりで戦っていたのだろうか。
いや、あわよくば使わないで済んで欲しいと願いながら戦ったというのが、神であり人間である死神として、一番しっくりくる。
私は、コップに注がれた水を飲み終えて、寝巻のまま外に出た。
外の空気は冷え切っていて、寝ぼけた頭を更に冴えさせる。
家のガレージに停められていた自転車に飛び乗って、私は必死にそれを漕いだ。
死神の決死の願いが届いてくれていることを願いながら、一心不乱に足を回す。
点滅した信号機、漆喰が塗られた家々が猛スピードで真横を過ぎ去っていく。
病院に着いたときには、雲の隙間から僅かにお天道様が顔を覗かせていた。
「この時間に開いてるわけないか」
小さく呟いた白い息は溶けていく。
面会時間が始まる10時まであと5時間。
だけど、また帰ったところで心は落ち着かない。
ここで待つしかないか。
私は、白く染まった天を仰いだ。
正面玄関を見ると、飛鷹が地べたに胡坐をかいていた。
「おはよう」
その言葉を吐き出して、私はやっと生きているんだという実感を得られた気がした。
「おはよう」
のっそりと立ち上がって、困惑した顔で私を見つめる。
その間に、鈴と隼人が自転車置き場からこちらへと歩いてきて、想空も満面の笑みでこちらへと走ってくる。
みんな、生きてたんだ。
安堵を覚えると共に、面会時間でもないのに、この場所に全員が来ている事に少し呆れた。
みんなの会話に笑いながら、相槌を打ちながら過ぎていく時間は早い。
いつの間にか、時計は10時を回り、正面玄関の扉が看護師さんの手によって開かれた。
「走っちゃ駄目だからな」
母親が子供にするような飛鷹の注意で、飛鷹と想空の足が止まる。
少し早歩きで、病室の間を抜けていき、千夏の病室の扉を開けた。
「あれ、もう来たんだ」
肝心の千夏は、お医者さんと看護師さんの冗談に、死神さんの威光のような明るさを漲らせて、笑っていた。
「いやー。千夏ちゃんの回復の速さには本当に驚かされたよ」
お医者さんも、頭を掻いて笑っている。
これほど嬉しい朝はなかった。




