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―第108章― 大切なものを失わない為の理恵達の「死闘」

 法螺貝の音がこの野原一面に響き渡り、大地を踏み鳴らす音が遠くから徐々に厚みを増してくる。

 咆哮が立ち込め、鼓膜が覆われた。

 兜と鎧を装着して、槍を強く握りこむ。

 ずっしりとその重みが肌に伝わり、緊張と高揚が増していく

 恐怖心を高揚感が呑み込んで、心拍は高鳴っていく。

 城の表門が、前回とは段違いの人の手によって押された丸太で、鋭く叩かれた。

 野太い音が鉄鋼に反響する。

 揺れる。

「死神さんと西川さん、理恵と千夏は奥の家の方に控えて」

 隼人が的確に指示を出しながら、じきに破られるであろう扉を警戒していた。

「私も、最前線で戦うよ」

 月影城の時に死にかけたから、恐怖があるだろうと思って、気を使っているのだろう。

 隼人だって、西川さんを捜索していた時に死にかけたのに。

 だから、私も強くありたい。

「死神さんと千夏の護衛といざという時の策の司令塔としてね。俺らの手で家には絶対に行かせないから」

 隼人が高々と叫んだ瞬間、バタンと乾いた衝撃音を上げて表門が崩れ落ちた。

 舞い上がった埃が薄い光の帯の中をふわりと漂い、扉の先から砂煙が静謐としていた空気に溶け込んでいく。

「分かった」

 立ち尽くす千夏の手を引っ張って、そそくさと扉の先に向かう死神さんの後ろについて行く。

 その背中は遠く、微かに震えていた。

 死神さんだって、怖いんだ。

 敵兵は容赦なく私達の禁忌を踏み荒らす。

 無駄に大きな足音を立てて、無駄に大きく槍を振るって、思い出が沢山詰まったこの場所を破壊していく。

 敵を見定める隼人の瞳は、どこか遠く過ぎ去っていた。

 ほぼ意味のない簡易的なドアの鍵をかけて、家の一室に立て籠もる。

 静けさに包まれながらも遠くで聞こえる悲鳴に、心が不安に蝕まれていく。

「死神さんは奥に。私は裏に控えるので」

 西川さんが声を潜めて叫び、扉の開く方向に槍を構える。

 入ってきた兵をいち早く仕留めるためだ。

 扉は大きく揺れ、隼人達の戦闘の激しさを臨場感たっぷりに伝えてくる。

 扉に取り付けられた透明のすりガラス先に、その戦闘の様子がぼんやりと見えた。

 飛び散る血飛沫。

 切り落とされた兜。

 床に倒れ込む兵。

 断片的にその一瞬が映り、奥へ奥へとウェードアウトしていく。

 みんなは無事だろうか。

 そして、いつ、略奪の手から隔てているこの扉が開いてしまうのか。

 勝てるという確信はいつの間にか焦燥の汗に変わっていく。

 振り払われた槍の刃先が映り、すりガラスに血が飛び散った。

 その滴はガラスの肌理に合わせて滲み、下へ下へと伸びていく。

 床に垂れた。

 私の手は震えていた。

 筋肉の筋がくっきりと見え、薄緑色に皮膚の奥から浮き出た血管。

 このか細い指で私は、強大な敵に立ち向かえるのだろうか。

 奥へ控える死神さんは、指の震えを抑えきれずに、小声で何か呟いていた。

 何かを思い出しながら、深く考え込むような仕草。

 焦燥感に追われて、大粒の汗が零れ出している。

 鎧にぶら下げられていた巾着袋に軽く触れて、中身の何かを確かめた。

 一呼吸、一呼吸、丁寧に吸い込んで、心臓にへばりつく焦燥感を追い返そうとしている。

 その瞬間、木製の扉を一突き。

 とてつもない圧力がかかり、扉はこちら側に倒れ掛かった。

 すきガラスのお陰でオブラートに包まれていた戦況は容赦ないほど鮮明に映し出され、声帯が震える。

 隼人が槍の持ち主の鎧を掴み、そのまま床に倒れ込んだ。

 冬の赤切れの手のように、鎧の繊維から血が滲み、絶え間なく真っ赤な雫が滴り落ちていく。

 西川さんが槍を勢いよく振り下ろすが、分厚い手に簡単に阻まれ、倒れていく。

 それどころか、扉に突き刺さっていた槍を引っこ抜き、意地でも鎧の裾から手を離さない隼人の背中を刺した。

 衝撃に弾かれたように、槍に付着していた赤い水滴が空中へ散る。

「うっ」

 隼人の手から力が抜け、微かな呻き声を漏らす。

 さも平然と、深紅の体液が口から吐き出されていく

 一瞬のうちに山吹色だった床が臙脂色の海へと化す。

 鈴は部屋の隅で血の海の因子を孕み、うつぶせに地面に倒れていた。

 飛鷹も扉の目前で槍を握りしめて、想空も敵兵と相討ちした痕跡だけを残して、倒れている。

 もう私しか残っていなかった。

 弱さに震えていた千夏だって、大男の隙間から侵入してきた敵に震えながらも槍を向けている。

 私だって。

 頭なんか働かせずに、無我夢中で大男に向かって突っ込んだ。

 こっち。

 こっち。

 煽るように笑った顔でいとも簡単に私の槍捌きは避けられていく。

 焦燥ごと私は、その大男に呑み込まれていく。

 言われるままに槍を振るって、こちらだけが体力を消耗していく。

 遊ばれている。

 分かっているのに、どうにもできない。

 槍先が段々と身に近づく。

 大男は大きく振りかぶり、槍を薙いだ。

 針金のように硬く、剛毛な脇毛が影と共に向けられた。

 ヤバい。

 死を掴みかけたその時だった。


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