―第105章― 大切なものを失わない為の飛鷹達の「戦笑」
「もういい。退却だ」
騒然としていた戦場にその声は通った。
刃を構えていた敵の勢いが怯む。
その総大将の指揮の下、兵は自国へと向きを変えた。
一瞬、その旗印を持った総大将の顔が見えた。
丸渕の眼鏡をかけた茶髪の好青年。
インテリやエリートなどの文字がぴたりと当てはまるような端正な顔つき。
どこかで見たような顔。
敵兵が帰り、静まり返った野原に、もう日常の姿は残っていなかった。
欠けた刀、兜の切れ端、朽ちた死骸が至る所に散在している。
「飛鷹、無事?」
西川さんが芝生の中央に寝転んでいた俺に駆け寄る。
「怪我なし。元気だよ」
ガッツポーズをしたら、腕が少し痛んだ。
西川さんは俺が笑う様子を見ると、まだ奥にいる隼人と想空の方へと走って行く。
「多少の怪我はありますが、無事全員生きてます」
その言葉に暖かいものが籠った。
「しかし、敵は見切るのが速かったな。あの状態なら勝てる可能性も十分あっただろうに」
西川さんに応急処置を施されている死神が傷口の沁みに狼狽えながら呟く。
「そうですね。敵の方が先に攻めかかりましたし、あのまま行ったら普通に私達の方が負けてたと思います」
比較的、軽傷で済んでいた理恵が意見を述べる。
確かに、まだ敵軍の中心部に到達していなかったのに撤退はおかしいことなのかもしれない。
そういえば。
「総大将の男の人、どっかで見た顔なんだよな。眼鏡掛けてて、見るからにエリートっぽい見た目の…」
手当てを受けながら、みんなで唸る。
「あの人。もしかして、あの人じゃないですか。最初のミッションで地図をくれた」
思い出せた嬉しさで鈴の腕が飛び跳ねた。
「そう。確かその人」
自分の疑問が釈然として、身を乗り出す。
「小早川さん、だっけ。表札にそう書かれていた気がする」
咄嗟に思い出せるなんて、さすが、頭がいい理恵だ。
「よく覚えてるもんだな」
「小早川って、関ヶ原の石田方から徳川方に裏切った人だから。実在するんだなって、記憶に残ってた」
関ケ原やら石田やら、よく分からない単語がいっぱい出てきたが、要するに理恵の記憶力がすげえって事だろう。
「関ヶ原の裏切り者の苗字ってバレたくないのか、よく分からないな」
死神さんが乾いた笑いを浮かべた。
「ま、どっちにしろ、一難は去ったってことだろ。一回、次に備えて休もうぜ」
手当てを受けている隼人の声に力が抜けた。
「でも、一難去ったらまた一難って言うよ?」
想空が隼人の声に被せて言う。
「そうだけど。こういう時にそういう事は言わないの」
鈴が小声で収めるのを、後ろで千夏が大口開けて笑っている。
みんなの笑い声を鉄鋼がさらに反響させ、耳に木霊していった。




