―第104章― 大切なものを失わない為の飛鷹の「急襲」
倉庫に備えてあった武具をかき集めて、西川さんがみんなに分配する。
この奇襲が失敗したら、それが多分最期なのだろう。
そんな引きつった空気。
手渡された接近戦用の短槍を革紐に引っ掛け、突撃用の長槍を手に構えた。
ずっしりと身体に重みが伝わり、身震いする。
心拍は上がっていくのに、不思議と恐怖ではなく、衝動に駆られる。
「行くぞ」
鉄鋼に覆われているから聞こえるはずもないのに、俺達は小声で囁く。
それには、修学旅行の夜のような非日常感があって、それもまた俺を駆り立てた。
西川さんがゆっくりと鍵穴に鍵を差し込み、回す。
その扉が開き、気ままに寝ている敵兵の姿が見えた。
奇襲に全く警戒しないほど、敵にとって確実に勝てる戦い。
こんな少数に負けるはずがないと確信している。
これは好機だ。
ひっそりと地面に踏み出す。
草の上を踏みしめる音を、大木を揺らす風が掻き消していく。
敵陣営に灯された松明の焦げ臭い匂いが身に近づく。
一歩、一歩、着実に。
足を進めていく。
が、その時、金属が掠れ合う音が静寂を薙いだ。
鼓膜にジリジリと熱く響き、身体中から汗が湧き出る。
草むらにひっそりと落ちていた空き缶が転がる音。
暗闇のせいで、ポイ捨てされていた空き缶を気付かなかった。
痛恨のミス。
コロコロと鈍い音が響き、松明の側であくびを噛み殺していた護衛の動きが不自然に止まった。
こちらに背を向けていたはずの首が、ゆっくりと角度を変える。
ヤバい。
茂みをまたいで、視線がぶつかった瞬間、世界の音が全て消えた。
呼吸が浅くなり、肺が熱を帯び、握った武器の柄が汗で滑りそうになる。
バレるな。
心の中でじっと祈りながら、負けないという覚悟を呑み込むように、意地になって俺は目を反らさなかった。
少しでも悟られないように、舌を喉に反り返らせて呼吸を止める。
頼む。
バレないでくれ。
だが。
「き、奇襲だ」
その護衛は一目散に自陣営の方に駆けて行った。
ものの数秒のことだった。
「奇襲だ。全軍かかれー!」
敵軍の総大将が静まり返っていた野原に向かって、高々と叫ぶ。
その声は遠くの山々まで強く響き渡り、心臓に染みていく。
「か、かかれー!」
死神が大慌てに雄叫びを上げた。
指先にまで酸素が染み渡るように深く息を吸い込む。
心拍が高まり、滾っていく身体のまま、俺は敵陣営に突っ込んだ。
急に飛び跳ねてきた物体に敵兵は恐れ慄く。
手に持っていた長槍が弧を描き、佇む敵の足元を切り払う。
崩れた体勢へ、短槍の一点を迷いなく突き刺す。
血が内臓から噴き出し、黒光りしていた鎧にそれが飛び散った。
まるで、自分が大罪を犯した証拠のように返り血は鎧に沁み込んでいく。
「行くぞ」
向かってくる敵に我武者羅に槍を振り回した。
野原はとっくに死骸が転がる地獄へと化している。
もう、周りは見えていない。
ただ匂いのする方向へ槍を向け、前へ、前へ、総大将がいる場所へ進んでいく。
俺にはその選択肢しかなかった。
滾っているのか、楽しいのか、苦しいのか、それすらわからないまま、逃げ惑う敵兵を追いかけて槍を突き刺す。
こちらへ向ける涙を呑んだ恐怖の顔。
俺にそれを奪う価値と覚悟はあるのか。
「飛鷹、殺すな。一度なら相手は戦闘不能で死なない。俺達は殺さずに勝つんだ」
隼人の声が高らかと戦場に響いた。
勝てるか分からないこの戦で、殺さないで勝つというのは傲慢だ。
だけど、それでもいいと思った。
俺達には相手を殺したい気持ちも価値も覚悟もない。
俺達は傲慢で欲張りで、それでも仲間は守り、勝つのだと。




