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全前世でモブだった俺、今世も英雄の後ろで暗躍します  作者: まーサンタ
モブバイト編

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第一歩目 「普通の少年、バイトを始める」



 十五歳になった朝、少年は決めた。


「今世こそ、普通に生きよう」


 窓から差し込む朝日を眺めながら、少年は静かに宣言した。


 大げさな決意ではない。


 むしろ、これまでの人生を考えれば当然の結論だった。


 少年には、前世の記憶がある。


 一つや二つではない。


 数えることすら面倒になるほどの人生を、少年は繰り返してきた。


 ある人生では、鉱山で働く奴隷だった。


 来る日も来る日も岩を掘り、崩れそうな場所を見つけ、仲間が死なないように坑道を支えた。


 別の人生では、大賢者の弟子だった。


 魔法を学び、古代魔法を研究し、師匠の実験に付き合わされた。


 また別の人生では、剣聖の孫娘だった。


 朝から晩まで剣を振り、誰よりも速く、誰よりも正確に剣を扱えるようになった。


 漁師だったこともある。


 狩人だったこともある。


 商人だったこともある。


 農夫、鍛冶職人、薬師、料理人、船乗り。


 数えればきりがない。


 そして――


 どの人生にも共通していることが一つあった。


「全部、モブだったんだよなぁ……」


 少年はベッドに寝転がった。


 英雄になったことは一度もない。


 歴史書に名前が載ったこともない。


 銅像になったこともない。


 後世の人間に語り継がれたこともない。


 ただ、誰かの隣にいた。


 誰かのために働いた。


 誰かの旅を支えた。


 誰かの夢が叶うのを見届けた。


 そして最後には、誰にも知られずに人生を終えた。


「だから今世くらいは……」


 少年は天井を見上げる。


「普通に暮らそう」


 それが今世の目標だった。


 英雄にならない。


 冒険者にもならない。


 魔王討伐にも参加しない。


 世界を救うなんて、とんでもない。


 畑を耕して。


 飯を食べて。


 働いて。


 夜になったら寝る。


 それでいい。


「よし」


 少年は起き上がった。


「まずは仕事だ」


 十五歳の少年に、資産などない。


 家を出て自立するなら金が必要だ。


 そこで少年が選んだのは――


「バイトだな」


 それだった。


 町へ向かう。


 最初に見つけたのは、一軒の宿屋だった。


 看板には、


『従業員募集中』


 と書かれている。


 少年は迷わず扉を開けた。


「いらっしゃ――」


 奥から出てきたのは、恰幅のいい宿屋の女主人だった。


「働きたいんですけど」


「十五歳かい?」


「はい」


「何かできるの?」


「だいたいのことなら」


「だいたい?」


「料理、掃除、洗濯、接客、荷物運び、馬の世話、簡単な修理くらいなら」


 女主人は少年をじっと見た。


「……本当に?」


「はい」


「じゃあ、今日からお願いしようかね」


「ありがとうございます」


 こうして少年の、平凡なアルバイト生活が始まった。


 ――はずだった。


 昼過ぎ。


 宿屋の前に、一台の馬車が止まった。


 扉が開く。


 最初に降りてきたのは、立派な剣を腰に下げた少年だった。


 その後ろから、杖を持った少女。


 さらに、弓を背負った女冒険者。


 最後に、白い服を着た聖女らしき少女。


 宿屋の女主人が慌てて駆け寄る。


「いらっしゃいませ!」


「すまない。四人分の部屋を頼みたい」


「もちろんです!」


 少年は厨房から顔を出した。


「……」


 勇者。


 女魔法使い。


 女冒険者。


 聖女。


 見覚えのある組み合わせだった。


 もちろん、今世で会ったことはない。


 だが少年は知っている。


 この世界で、これから何が起きようとしているのか。


「まさかな」


 少年は小さく呟いた。


 勇者が魔王討伐の旅に出る。


 女魔法使いが同行する。


 女冒険者が仲間になる。


 聖女が加わる。


 そして彼らは数々の困難を乗り越え、最後には魔王城へ辿り着く。


 少年が前世で何度も見てきた――


 そんな物語の始まりに見えた。


「おい、君」


 勇者に声をかけられた。


「はい?」


「この宿で働いているのか?」


「今日からです」


「そうか」


 勇者は笑った。


「じゃあ、よろしく頼む」


「こちらこそ」


 少年も笑った。


 そして四人の荷物を運び始める。


 その瞬間。


 少年は勇者の背負っている剣を見た。


「……」


 少しだけ、眉を寄せる。


 鞘に入っているため分かりにくい。


 だが――


 剣聖の孫娘だった前世の感覚が告げていた。


 この剣。


 あと三日もすれば折れる。


「勇者さん」


「ん?」


「その剣、少し見せてもらってもいいですか?」


「剣を?」


「はい」


 勇者が不思議そうに剣を渡す。


 少年は鞘から抜いた。


 刃を眺める。


 柄を確認する。


 重さを確かめる。


「……やっぱり」


「何か分かるの?」


 女魔法使いが尋ねる。


「これ、柄の中が腐食してます」


「え?」


「このままだと、三日くらいで折れますよ」


「そんな馬鹿な」


 勇者が剣を受け取る。


「この剣は王都の有名な鍛冶職人に――」


「だからこそ、見落としたんだと思います」


 少年は淡々と言った。


「外側は綺麗ですから」


 勇者たちは顔を見合わせる。


 少年は厨房へ戻ろうとした。


「ちょっと待ってくれ!」


「はい?」


「君、剣に詳しいのか?」


「昔、ちょっと触ったことがあるだけです」


「ちょっと……?」


 勇者が剣を見る。


 女魔法使いが少年を見る。


 女冒険者も少年を見る。


 聖女だけが、なぜか楽しそうに笑っていた。


「直せる?」


「簡単ですよ」


「……本当に?」


「はい。今日のバイトが終わったらやります」


 少年はそう言って、厨房へ戻った。


 背後から、


「なんなんだ、あいつ……」


 という勇者の声が聞こえた。


 少年は聞こえないふりをした。


 ただのアルバイト。


 今日は宿屋で働いている。


 それだけだ。


「……俺は普通に生きるんだからな」


 そう呟きながら、少年は夕食の仕込みを始めた。


 この日。


 少年はまだ知らなかった。


 この宿屋を出発した勇者たちが、やがて世界を救うことを。


 そして――


 その旅の最初の一歩を支えた人物として、後世の歴史家たちが、


 「宿屋の名もなき少年」


 という、名前すら残らない存在について何度も議論することになるとは。


 もちろん本人は、


「明日もバイトか」


 としか考えていなかった。

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