第5話:移動速度の最適化
学術都市への道は険しい。
本来なら乗合馬車を乗り継いで二週間はかかる道のりだ。しかし、ゼノンは宿場町の外れで、中古のボロボロな馬車を一台買い取ると、さっそく「改造」を始めていた。
「ゼノンさん、その馬車……車輪が外れそうですし、馬もいませんよ?」
リセが不安げに尋ねるが、ゼノンは馬車の底部に潜り込みながら、淡々とコンソールを叩いている。
「馬なんて非効率な動力源、管理が面倒なだけですよ。エサ代もかかるし、排泄物の処理も酷い。だから、動力源を『外部魔力駆動』に書き換えます」
ゼノンが馬車の床板に指で「コマンド」を刻み込む。
$ mount -t mana_drive /dev/wheels
$ set-speed --unlimited
「よし、デプロイ完了。乗ってください。振動対策のバッファも積んだので、乗り心地は王宮の寝台よりいいはずです」
半信半疑でリセが乗り込むと、馬車は馬もいないのにフワリと浮き上がり、滑るような速度で街道を走りだした。
景色が恐ろしい勢いで後ろへ流れていく。だが、車内は驚くほど静かで、揺れ一つない。
「すごいです……!魔法で動く乗り物なんて、王族の魔導船くらいしか聞いたことがないのに!」
「あんな大袈裟な出力は必要ないんですよ。要は摩擦係数をゼロに書き換えて、進行方向にベクトルを置換するだけですから」
ゼノンが車内で優雅にコーヒーを淹れていると、突如として前方の街道に「エラー」が発生した。
巨大な地響きと共に、地面から這い出てきたのは、岩のような皮膚を持つ超大型の魔物――『岩鉄竜』だった。
「ひっ、Bランク指定の災害級魔物……!ゼノンさん、止まってください!逃げないと!」
リセが悲鳴を上げるが、ゼノンは速度を緩めるどころか、端末を片手で操作し、前方を確認すらしない。
「……邪魔だな。街道上に未定義のオブジェクトが居座っているのか」
「ど、どうするんですか!?」
「簡単ですよ。この個体、岩石の外殻を維持するために、一秒間に数千回の『硬化魔法』を自己実行させてる。……そのループに、一文字だけバグを混ぜます」
ゼノンがエンターキーを叩く。
その瞬間、猛然とこちらへ突進してきた岩鉄竜の体が、まるで砂の城のようにサラサラと崩れ去った。
「え……?」
「硬化の条件式をHardness = 100 から Hardness = -100 にリネームしました。自分の巨体の重さに耐えられず、自壊した(クラッシュした)だけです」
馬車は、砂塵となった魔物の残骸を何事もなかったかのように通り過ぎていく。
背後では、崩れた魔物のコアから溢れ出した魔力が、行き場を失って霧散していた。
一方、その頃の王国。
王都を守る結界の維持に失敗し、魔物の小規模な侵攻を許した勇者レオンは、ボロボロの鎧で息を切らしていた。
「クソッ、魔法使いども!なぜ結界の強度が戻らん!あいつがいた時は、こんな魔物一匹たりとも通さなかったはずだぞ!」
彼らにはまだ分からない。
ゼノンが「当たり前」に維持していた平穏が、どれほど高度なデバッグの上に成り立っていたのかを。
「……ゼノンさん。あなたって、本当は何者なんですか?」
リセの問いに、ゼノンはコーヒーを一口啜り、モニターを見つめたまま答えた。
「ただの、整理整頓が好きな人間ですよ」
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