第3話:不正オブジェクトのデバッグ
「助けて……っ!」
廊下に飛び出したゼノンの目に映ったのは、ボロボロのローブを纏った少女と、それを追い詰める三人の冒険者崩れの男たちだった。
男たちは下卑た笑みを浮かべ、魔法を帯びた剣を突きつけている。
「おいおい、逃げられると思ったか?お前が持っているその『魔導書』、王都闇ギルドに売れば一生遊んで暮らせるんでな」
少女は必死に古い本を抱え、震えていた。
ゼノンはそれを見て、心底面倒そうに首を振る。
「……あの、すみません。そこ、僕の部屋の通信可能範囲(Wi-Fiエリア)なんですけど。騒がれるとパケットが乱れるんで、よそでやってもらえませんか?」
男たちが一斉にゼノンを睨みつけた。
「ああん?なんだこのガキは。死にてえのか!」
「死にたくないから言っているんですよ。その剣、出力設定がガタガタだ。そんな未最適化な魔法武器を振り回すなんて、バグを撒き散らしているのと同じですよ」
男の一人が激昂し、炎を纏わせた剣を振り下ろす。
「死ねッ!」
だが、その剣がゼノンの頭上に届くことはなかった。
ゼノンが空中に指を滑らせると、男の剣から文字通り「消滅」し、ただのなまくら刀がゼノンの指先一つで受け止められた。
「な、なんだと!?俺の『火炎斬』が消えた……!?」
「当たり前です。その術式の実行コード、無限ループに陥りやすい構造だったんでね。僕が今、末尾にreturn 0;(強制終了)を書き加えました」
ゼノンは無機質な目で男を見る。
「ついでに、そっちの二人の魔法も『コメントアウト』しておきました。今夜一晩は、指先から火を出すこともできないはずですよ」
「な、何を言って……!?ぎゃああああっ!?」
男たちが魔法を使おうとした瞬間、彼らの魔導端末がオーバーヒートを起こし、火花を散らして爆発した。
ゼノンが仕込んだ「過負荷スクリプト」による強制シャットダウンだ。
「ヒッ、化け物だ!逃げろ!」
武器を失い、魔法を封じられた男たちは、腰を抜かしながら夜の闇へと逃げ去っていった。
静かになった廊下で、ゼノンはやれやれと肩を落とす。
「ふぅ……。やっぱり実践環境(本番環境)でのデバッグは疲れる。さて、寝るか」
部屋に戻ろうとするゼノンの裾を、少女が弱々しく掴んだ。
「あ、あの……!助けていただき、ありがとうございます……。あなたは、高名な魔導師様なのですか……?」
「いいえ。ただの、無職のシステム管理者ですよ」
ゼノンは少女の顔を初めてまともに見た。
その瞳に映る「知識への渇望」を感じ取り、彼は少しだけ口角を上げた。
「君。その持ってる本……インデント(改行)がめちゃくちゃだ。読みやすくしてあげようか?」
これが、後に伝説の「賢者」と呼ばれる少女と。世界を裏から作り出す「管理者」ゼノンの、最初の共同作業の始まりだった。
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