第2話:バックアップのない世界
「おい、どういうことだ、魔法が出ないぞ!早くなんとかしろ!」
王宮の訓練場に、勇者レオンの怒号が響き渡った。
彼の前には、演習用の岩。本来なら聖剣から放たれる光の斬撃で一刀両断されているはずだが、今のレオンがいくら剣を振るっても、虚しく空を切る音しかしない。
傍らに控えるエリート魔導師たちは、顔を青白くさせて震えていた。
「そ、それが……システムが『アクセス拒否』を返してくるのです。魔法を発動するための魔力回路が、根こそぎ削除されています!」
「削除!?誰がそんな許可を出した!」
「……ゼノンです。彼が去り際に行った『退職手続き』が、全システムの実行権限を物理的に消去したようで……」
レオンは鼻を鳴らした。
「ふん、たかが一人の管理人が消した程度のもの、すぐに復旧させろ!バックアップがあるだろうが!」
「それが……」
魔導師の一人が、泣きそうな声でコンソール画面を指差した。
そこには、冷徹なまでのシステムメッセージが表示されている。
[Error] Backup file not found.
[Message] すべてのバックアップデータは、ゼノンの個人ストレージに依存していました。現在、復元は不可能です。
「……あいつ、全部持って行きやがったのか!」
その頃、当のゼノンは王国から遠く離れた乗合馬車の中で、穏やかな午後の日差しを浴びていた。
「ふむ、やっぱり自作の魔力回路はサクサク動くな」
ゼノンは手元の端末を操作していた。
王国に提供していたのは、あくまで「共有用」にダウングレードした安定板だ。彼が今手元で動かしているのは、自分専用にリファイリング(再構築)した最新OS。
「さて、このあたりで一度ログインしておくか」
馬車が立ち寄ったのは、国境付近のうらぶれた宿場町だった
立ち並ぶ建物は古く、周囲には魔物の気配が漂っている。宿の主人は「最近、魔物の結界が弱まっていてね……いつ襲われるか分からんよ」と力なく笑った。
ゼノンは案内された安部屋の壁に、指先でさらさらと小さな魔法陣を描く。
「$ deploy --local security_module --level 5」
パッと淡い青光が走り、一瞬で部屋全体が「不可視の防壁」に包まれた。
それは王宮の結界よりもはるかに高密度で、物理攻撃から精神干渉までを完璧に遮断する、ゼノン謹製のローカル環境だ。
「よし、これで夜も安眠できる。あんなバグまみれの王都じゃ、枕を高くして寝られなかったからな」
ゼノンがベッドに身を投げ出したその時。
廊下から、慌ただしい足音と、少女の悲鳴が聞こえてきた。
「――っ、誰か!誰か助けてください!」
ゼノンは面倒そうに片目を開ける。
「……やれやれ。せっかくログアウトしたっていうのに、まだ通知が飛んでくるのか」
彼はため息つきながらも、端末の実行ボタンを指先で弄んだ。
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