思い込み
エレベーターから降りてきたのは。
けんくんではなかった。
男性はきょろきょろして。
こっちに歩いてきた。
あっ。
「川勝さん、おはようございます」
私は。
廊下に出て頭を下げた。
「やあ、おはよう。あいつの部屋はこっち?」
歩きながら。
片手を挙げ。
ひとつ手前の部屋を指差した。
「あっ、いえ……」
私は自分の部屋を指差した。
「ああ、そうだったの?」
顎に手をやり。
首をかしげる川勝さん。
突き出した両手を。
勢いよく振る私。
「いえ、けんくんとは何にもないです。ほんとに……えっと、これには、金銭的事情がありまして……」
川勝さんは。
頬を上げて。
にこりと笑う。
「詮索はしないから。それで、あいつは中にいる?」
「あ、お風呂に行ってます」
「そうなの? 人を呼びつけておいて、いい身分だな」
「あ、どうぞ部屋で待たれて下さい。さすがに、そろそろ戻って来ると想いますから」
「いや、有り難いけど、ロビーで待つよ」
「そうですか? 遠慮なさらなくても……」
「お言葉に甘えたいけど、さすがに女性一人の部屋に転がり込むのは……ね」
「あっ……それは……けんくんのご友人の方ですから、信頼していいかなって」
「ほう。面白いことを言うね」
「ですから、どうぞ」
「参ったな……」
頭をかく川勝さん。
「こんなとこで話すのもあれですし、お伺いしたいこともありますから」
「はいはい。じゃあ、遠慮なく」
降参と。
言わんばかりに。
両手を挙げた。
「お邪魔しますよ」
「どうぞ」
廊下を一瞥して。
扉を閉めた。
川勝さんは。
奥の窓辺に佇んだ。
「島に住んでると、ホテルなんか利用しないけど、なかなかいい部屋だし、景色も申し分ないね」
「はい。今日で最終日ですけど、また来たいなって。どうぞ座って下さい」
私はソファに腰を下ろす。
「ああ、ありがとう」
「これ、どうぞ」
手提げ袋の中から。
ミルクティーの缶を取り出した。
「おやおや。隙のないおもてなしだね。断るに忍びない。じゃあ、頂こうかな」
向かいに座った川勝さん。
缶を手に取り。
プシュ。
プルタブを開けた。
私は。
自分の缶を両手で包む。
「ところで、けんくんが川勝さんを呼んだ理由って、なんですか?」
「ん? ああ、昨夜、今日の運転手を頼まれてね」
「運転手?」
「ほら、レンタカー、ホテルのでしょ? そうすると車返すのにここに戻らないといけないし、バスはあるけど、何かと車のが都合いいでしょ?」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
「どうせ暇だからね、気にしないで」
「でも、こんなに早くなんて、気が早いですよね、けんくん」
「まあ、確かに。そもそも9時だったはずなのに。今朝、また連絡が来て、たたき起こされたからね、お陰で朝飯も食ってない。これが朝飯かな」
ミルクティーで。
喉を鳴らす川勝さん。
「そうなんですか? 私たちも、朝食これからですから、ご一緒にいかがですか?」
缶に口をつけたまま。
川勝さんの動きが止まる。
「あのさ、あいつが風呂行ったのは何時?」
「えっと、6時です。一緒に行きましたから」
川勝さんは。
缶を置くと。
素早くポケットから。
スマホを取り出した。
「おかしいな……」
「ん? どうされたんですか?」
「いや、あいつから連絡来たの6時半頃なんだよ……」
「ん……?」
「里村さん。あいつの荷物は?」
「え……!?」
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