急いで……
私はバッグの中から。
預かっていた。
けんくんのスマホを取り出して。
川勝さんへ電話をかける。
「スピーカーモードで、お願いします」
切迫した声のけんくん。
「うん……わっ」
スマホのボタンを押した途端。
急発進した車は。
カクカクと。
前後に動いて。
Uターンをした。
プルル、プルル……
私の膝の上で。
呼び出し音が鳴り続く。
「けんくん、ちょっとスピード出しすぎじゃない」
シートベルトに手を添える。
「あっ、ごめんなさい」
いつものけんくんの柔らかい声。
ほんの少し。
外の景色が。
ゆっくりになる。
『はい、もしもし』
軽やかな声が。
車内に響いて。
張りつめていた空気を和らげる。
私はスマホを手にして。
けんくんの傍へ持っていく。
「先輩、今何処ですが?」
『ん? なんだ、里村さんかと思ったのに』
車にブレーキがかかる。
けんくんは。
ハザードランプのボタンを押して。
車を道路脇に寄せた。
前方には信号が見える。
国道との交差点付近まで戻ってきていた。
「そんなことは、いいですから、今何処ですか?」
『車の中だけど』
「そうじゃ……ん? 今はどの辺ですか?」
『ん? どの辺りか、お前に言って分かるか? 土庄から瀬田へ向かう県道を走ってるが』
シートに凭れたけんくんは。
どこでもない。
宙を見据えたまま。
「あいつを……見つけたんですよ」
泣いてるような。
笑ってるような。
震えた声だっあ。
『あいつ……って、おい……ハクトか?』
川勝さんの声もまた。
初めて耳にする。
緊張を含んだ声。
「ええ……」
『どこで?』
「今しがた、ホテルに帰る途中ですれ違いました。Uターンして後を追ったんですけど、見失いました」
『車の特徴は?』
「黒のバン、ナンバーは八王子……」
『……分かった、お前は、ホテルへ戻れ』
「いや……」
『彼女、一緒なんだろ? 万が一もある、冷静になれ』
「……そうですね、分かりました」
『とりあえず、ハクトのことは、こっちに預けてくれ』
「はい」
『じゃあ、里村さんによろしく』
さっきまでの。
締まった声が嘘のように。
軽妙な口調の川勝さん。
ツー、ツー……
私は終了ボタンをタップする。
何が何やら分からないけど。
女の勘は働いていた。
けんくんと川勝さんの間の微妙な空気の一因。
それが。
ハクト。
だって。
「ゆうさん、ごめんなさい。ホテルに帰りましょう」
「……うん」
車は再びUターンをして。
ゆっくりと走り出す。
「どこから、その、話したらいいか」
「いいよ。無理しないで、さっきはちょっと怖かったけど、誰にでも言いたくないこと、一つくらいあるでしょ?」
「ああ、まあ、そうですけど、ゆうさんには、いずれ、話すつもりでしたから」
「そっか。じゃあさ、とりあえず温泉入ってからにしない?」
クスリと笑うけんくん。
「ええ。そうしましょ」
笑みを含んだ声。
「ゆうさんは、僕がモテるどうこう言いましたけど、その言葉、じっくりお返ししますよ」
「私……?」
「ええ。ゆうさん、優しいですから、それに……」
「ん? なんでそこで含む?」
「いや、余計なこと言いそうだったんで、自重しました」
「はーん。余計なことね」
「あっ、ゆうさん、ごめんなさい。夕陽間に合わなかった……」
車はホテルの駐車場に着いた。
ふーん。
けんくん。
覚えてたんだ。
何気ない会話だったのに。
やっぱり。
モテるでしょ?
って。
切り返そうとしたけど。
なんでかな。
しなかった。
「ううん。それも時の運だし、この景色だって、十分素敵じゃん」
太陽は遥か彼方の山並みに沈んでいて。
残照が空や雲を橙や桃に。
優しく染め上げていた、
その名残りを受けた水面。
明かりを灯す灯台に船。
そして。
上空には。
一番星が。
誇らしげに。
瞬いていた。
「ほんとだ……」
吐息混じりのけんくんの声音。
「これもさ、一期一会だね」
私の声に。
けんくんは。
軽くうなずいて。
余韻に包まれた景色を眺めていた。
懐かしそうな眼差しで。
哀しげな瞳で……
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感謝しております。




