まさか
運転席と助手席の間から。
後ろを覗いてみたけど。
車高が高いバンの運転席は見えなかった。
「ゆうさん。動きますよ」
「あっ。うん」
私は姿勢を戻して。
サイドミラーを見つめた。
「まあ、考え過ぎでしょう。僕らをつけても、何もないですから」
「それはそうだけど、言われたら気になるよね」
「ちなみに、運転しているのは、男性ですね」
男性……
すぐに。
モニター越しの。
りょうさんの顔が。
浮かんで。
消した。
バンは。
車間距離をお手本通りに守って。
後をついてくる。
サイドミラーじゃ。
顔までは視認出来ない。
「例の車は……もう、見えませんね」
前方を走るのは。
路線バス。
さっきの信号近くの。
病院から出てきていた。
正面の空は紫を境に。
西の空は赤。
東の空は藍へと。
滲んでいた。
「じゃあ、今日はホテルに戻ろうか」
「ですね、足がダルいです。温泉に浸かりたい気分です」
「うん。意外と汗かいたし。その後で、調査結果を整理しよ」
「了解」
スピードを緩めた車は。
交差点を左折して。
国道とは反対方向に進む。
背後のバンは……
思わず。
けんくんを見た。
ルームミラーを眺めていたけんくんは。
「着いて……きてますね」
ボソッと。
消え入るような声を出した。
「たま、たま、じゃない」
べとりと。
背筋に汗が滲む。
ん?
スピードが緩んで。
車が止まる。
「けんくん?」
けんくんは黙ってサイドミラーを見つめていた。
ブーン……
「あっ……」
黒のバンは。
私たちの車を追い越して行った。
ため息を落として。
背もたれに。
体を預けた。
「けんくんの機転。さすがです」
「いや、たまたまそこに自販機に気づいて……」
前を見据えたままのけんくん。
フロントガラスの向こう。
黒いバンは。
少しずつ車体を小さくして。
県道を進んで。
右へと続く坂道を上っていった。
「ゆうさん、何か飲みますか?」
「ああ、今度は私が買ってくるよ」
シートベルトを外す。
「じゃあ、オレンジジュースあったらお願いします」
「ふん。なかったら、スポーツドリンクでいい?」
「ええ。ありがとうございます」
ドアを開けると。
どこからともなく。
潮の香りをつれた風が。
冷たさを連れてきた。
太陽の残照が。
わずかに届くなか。
青味がかった町並みに。
頼りない外灯が。
それよりも明るい。
自販機を照らしていた。
車の前方を回り込んで。
左右を確認して。
反対側にある。
光の元へ。
カーディガンの胸元を握り。
小走りで向かう。
自販機の品揃えを。
指差して確認する。
あった。
オレンジジュース。
スマホをかざして。
ピッ。
ガチャガチャ。
屈んで。
受け取り口に手を入れて。
1本取り出した。
「ゆうさん!」
背後から飛んできた。
強張った。
けんくんの声色。
「なに? どうしたの?」
けんくんは。
素早く手招きしつつ。
顎をしゃくるようにして。
車の前方を指し示す。
「どした……あっ」
黒のバンが。
こちらに向かって来ていた。
「ゆうさん、早く!」
「あっ、でも1本しか」
「いいですから、早く車に乗って!」
「あ、うん」
私は駆け足で。
車の前を横切って回り込む。
けんくんが。
助手席のドアを開けてくれていたので。
滑り込むように。
シートに座る。
バンが近づいて来て――
ブーン……
通り過ぎて行った。
「八王子ナンバー。同じバンでした……」
どこか。
くぐもった声のけんくんは。
サイドミラーを見つめている。
私は。
シートの脇から顔を出して。
後方を確認する。
バンは。
止まることなく。
道の先。
家々の合間に吸い込まれていった。
「なんだろうね」
「まさか……」
「どしたの?」
カタカタ……
何かが。
震えるような音がして。
つられて視線を這わすと――
えっ?
ハンドルを握る。
けんくんの手が。
小刻みに震えていた。
その甲には。
血管が浮き出ている。
ギリギリと。
歯軋りをして。
固く閉じた睫毛さえも。
震えて見えた。
「けん……くん?」
ハッと。
目を開けた。
けんくんは。
間髪入れずに。
「ゆうさん、スマホ……先輩に連絡して!」
耳にしたことがない。
荒い口調に。
私は。
スッと。
身動いでいた。
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